| いちごみるく |
「土方さん、」 市中警護に出ているはずの声に呼ばれ、土方は指に煙草を挟んだまま、眉を寄せて振り返った。 「……おまえ、」 「水も滴るいい男になっちまった」 上から下まで濡れ鼠の沖田が立っていた。刻々とその足元の地面に水たまりが広がっていく。 一瞬目を見張り、土方はいっそう仏頂面になった。 沖田はそれを見て、こんなに濡れちゃ仕事にならねぇや着替えに来ましたと笑い、肩にかかるかかからないかの髪を耳元で絞った。 沖田の手が触れない前髪の間から水が滴り、薄い色の髪は夕暮れどきの太陽を反射してきらきら輝いた。 「ったく、何しやがった」 「旦那に川に突き落とされたんでさァ」 「……どうせてめぇが余計なこと言ったんだろ」 土方は、不覚にも数秒反応できなかった。動揺に沖田が気づかないはずがない。にも関わらず、 「本当のことを言っただけでさァ」 沖田はその動揺を一言で片付けて、水を吸って重くなった隊服の胸ポケットから小さなビニル袋を取り出した。水を弾く袋は中身の色とりどりの飴玉が透ける。 「濡れちまったかな」 少し顔をしかめ、沖田はそこから白とピンクがマーブル模様を描く大きな飴玉を取り出した。 「土方さん、口開けなせぇ」 「要らねぇよ」 目を逸らし、土方は俯いた。沖田が苛立たしげに息を吐く気配がした。 かと思うと、不意に間合いをつめられた。濡れた冷たい手が、逆らう間を与えず土方の指から煙草を奪い取っていく。 「おい」 慌てて目線を上げると、その先で沖田は煙草を靴で踏み潰した。 「てめぇ」 「せっかく旦那からおススメのいちごミルクですぜ」 可愛らしい造作の顔はまったく感情が読めない。最近、沖田は人形じみた表情をする。 何かが癇に障った。睨みつけると沖田はしてやったという風に目をくるりと回した。 「会ったのが駄菓子屋の前でしてね」 「そもそもサボってんじゃねーか」 「かたいこといいっこなしでさ」 粉砂糖をまぶした親指大のいちごミルクを沖田はぱくりと口に放り込んだ。飴玉を動かすたび、右の頬が膨れ、左の頬が膨れる。 「隠し子だとか言ってたな。アンタ、気になるに違いねぇやと思って」 何食わぬ顔で沖田はまた、土方の不快を掻き立てた。 「俺が何であんな」 「ほら、むきになる」 「なってねえ」 「面白えなァ」 沖田はそう言って、水を吸うだけ吸って重たい隊服の上を、ボタンを外して脱いだ。 シャツが肌に張りついて細い身体が露になる。土方は極力見ないようにした。 「土方さんも、うかうかしてちゃあガキの一人や二人押し付けられますぜ」 沖田の顔にも身体にも視線をやれないで、その袖口に土方は目を向けた。そこからも、水滴がぽたぽたと垂れている。片手に上着を抱え、沖田はがりりと飴を噛んだ。さりげなく首の後ろに空いた腕が回るのを、気づきながら土方は避けなかった。ゆっくり首筋に触れる手から水が土方の隊服の襟の内側へ滑り込む。 「隠し子なんて作らねぇでくださいよ」 耳元で囁き、沖田は優しく土方の唇を塞いだ。わざと音を立て、唾液と舌を絡めた後、沖田は器用に飴玉を押し込んで歩いて行ってしまった。 半分に割れた飴玉は人口甘味料の甘い味がする。口の中に溶けてしまうまで、土方はいちごみるくを舐め続けた。 |
| ポップでキャッチーを目指した残骸。 |