「こんばんはー」
「おー!、久し振りー」
たまにあたしはOBとして塾に出没する。あれ、OG?…まあいいや。詰まる所、先生に会いに。
「高校どう?」
「楽しいよー」
「いいなあ。俺も高校生に戻りてえ!」
あたしが塾に通ったのはほんのちょっとの時間だったけど、一番仲良くなったのは先生。先生というより友達に近いかもしれない。殆ど「先生」なんて呼んでないしね。
「さんは何で先生になりたいの?」
「んー?何でって聞かれたら難しいんだけど、中学の頃からなりたいって思ったし」
「中学からかー長いね」
「この間お誘いも来たから、この塾ともお別れ、かな?」
「え、どっか行っちゃうの?」
「地元の中学の先生になるんだよ」
行かないで。
そう思ったのは本心。だけどさんの夢がやっと叶うんだ。言い掛けた言葉をぐっと飲み込んで、「良かったじゃん!」と笑ってあげた。そうしたら先生も「ありがと」と笑ってくれた。
この笑顔がもうすぐ、見れなくなる。
「は先生なりたいとか思わない?」
「別れがつらくなるから嫌だな。だって三月になったらお別れじゃん?」
「あー、そっか…。そうだな。俺もつらいし」
さんが座っている椅子がギシとなった。どれだけこの椅子に座ってたんだろう?さんがいなくなった後、この椅子は一体誰を受け入れるんだろう?
「断ることもできたんだけど。ま、誘われちゃったし、それが俺の夢だったし」
先生になるっていう夢を投げ出して、ずっと塾の先生でいる必要はない。公務員の方が明らかに老後は安定してる。わあ、今時の女子高生が言う言葉じゃないね。
「つーか、。お前何かやることないの?」
「宿題持って来ようと思ったけどさ、面倒だからやめた。もうちょっといる」
「俺、もうすぐ帰っちゃうけど…。誰か相手してくれる先生いないかな」
久し振りに会えたのに、一緒にいれた時間は三十分ちょっと。もうちょっと一緒にいたかったな、と思う。親が迎えに来る時間まで随分とある。何してよう?
「塾長は仕事あるし、他の先生は手いっぱいだし、どうする?帰る?」
「親、今家にいないからさー」
「送ってこか?」
え。と一瞬驚いた。
「や、いいよいいよ。親が来るまでいるから」
「そ?あと二時間くらいあるけど、お前本当に大丈夫かよ」
乗りたいと思ったけど、一応先生だし。ああもう何か駄目だよね、そういうの。迷惑掛かっちゃうし、ほら、一応先生だし。
「いいよ、送ってくよ」
「いいって、本当」
「送ってくって。塾長!送ってくから」
「事故しないでよ!」
「分かってるって」
車のキーを取り出して、「、行くよ」とあたしに呼びかける。ドキン、と心臓が跳ねる。駄目、こういうのあたし弱い。ヤバイ、超かっこいい。
大人の男って感じが、する。
「どこに乗ればいい?」
「どこでもいいよ」
「じゃ、助手席」
「シートベルト締めろよ」
あたしの声が震えてた。気付かれてないよね?あたし、今すっごい緊張してんだけど、気付いてないよね?
「うわー、ワンボックスかっこいー!」
「だろ?」
鍵を差し込んでエンジンが掛かる。さんはハンドルを握って、あたしは思い出したかのようにシートベルトを締めた。中々締められなかったのは、暗いせいじゃない、緊張してたから。
「じゃ、、道案内よろしくー」
「はーい」
流れ出す洋楽が、余計に緊張を煽る。
「あ、そこ右」
「ん」
こういうのに憧れていた。何だか恋人みたいだよね。あたし、さんの車の助手席に乗ってるんだよ。
「は男いないの?」
「いないよー」
「あれ、は?」
「別れたよ、知らない?三か月くらい前」
も一緒の塾に通ってたなあ、と思いだす。付き合って別れてちゃったけど、後悔なんかしてないよ。さんは「あ、そうなんだ?知らなかったなあ」と苦笑した。「だって誰も教えてくれないんだからさ」と悲しそうな顔をして。
「さんはいないの?そういう人」
「いるよ」
ズキン、と胸の奥がいなくなる。まあ、そりゃそうだよね。あたしと違って大人だもんね。
「そこ左ね」
「ん」
「…好きな人って、どんな人?」
「可愛い人。俺の後にくっ付いて来て、俺のことをさんって呼ぶ人」
…あれ?
「え?」
「ついでに今俺の隣に座ってたりするんだ、け、ど?」
…あれれ?
「俺ら、付き合ってみる?」
グンとアクセルが踏み込まれて、スピードが上がった。周りの景色もやけに早く過ぎる。あたしの頭の中はごちゃごちゃだ。
「…禁断の恋、じゃないの?」
「はもう俺の生徒じゃないだろ?」
その言葉がどこか寂しかったけど、逆に嬉しかったりもした。
「お前は一番いい生徒だったよ。生徒としても大好きだ」
「…う、うん。どうも」
「人としても女としても、愛してるよ、」
前方に交差点が見えて、さんはブレーキを踏んだ。やっぱりあたしは大人の男性に弱いと思う。頭がクラクラってなって、その言葉に、その声に、さんに酔った。
「返事聞かせて」
「あ、…えと、こちらこそ…。さんのこと、好き…です」
「くっ」と笑われて、あたしはすごく恥ずかしくなった。「笑うな」と言おうと思ってさんの方を向くと、熱を持った唇と唇が触れてしまった。
「……えっ!ちょっ、今のって…ええ!?」
「はははっ!予想通り」
こういうのに憧れていた。でもそれは、漫画の中だけの世界だと思ってた。ちくしょう、まともに顔見れなくなったじゃんか。
あたしの周りにいる男子とは違う、大人の男っていう空気を纏ってて、あたしより高い身長とか茶色に染めた髪とか、頭のいい所、運転する姿、歳が十歳ばかり離れてたっていいんだ。それが何となく悔しかったりするけど、全部かっこよくて、あたしは夢を見ているんだろうか、と思った。
「で、。ここどこ?」
「え?」
「……家、どこ?」
「…っあ―――――!!忘れてたっ!!」
家に着くのが大幅に遅れたのは、しょうがないよね。
アイラブユーとその言葉