白いソファに座って本を読む少年、は、買ったばかりの本を読んでいた。自分と同じくらいの歳の少年が、溶け始めた世界を舞台に戦ってゆくというストーリーだった。ソファの前にあるガラスの机には、冷えたミルクコーヒーと、ビターチョコレートの山があった。そのミルクコーヒーを一口、口に含んで、または本を読み始める。
十三ページ目にさしかかった所で、今まで物音一つ立てなかった木製のドアが勢いよく開いた。隣近所のよしみでたまにはこうやっていきなり家に押し入って来るのだ。インターフォンも鳴らさず、メールも寄こさず。
「今日って意外に寒いんだね、」
「北では雪が降ってるらしい」
「ストーブ使っていい?」
「どうぞ」
そんなに寒いのかとは内心思いながら、それでも本を読むのをやめなかった。部屋の端にあるストーブは沈黙を保っていた。しかし、がそのストーブの電源スイッチを押すと、今までの沈黙が嘘のようにたちまち働き出す。の顔が朱に染まり、部屋も暖かくなる。冷えたミルクコーヒーも温かくなりそうだった。
「ねえ、」
「何だ」
「その本面白い?」
「面白いって…そりゃあ、まあ、普通だけど」
はストーブの前で手を翳しながらそんなことを言った。変なことを聞くものだとは思いながら、やはり本から目を離さない。「MELT WORLD〜メルト・ワールド〜」――が読んでいる本――はまだ十五ページ目だ。死傷者はまだ出ていなかった。
「ふーん…」
「それがどうした?」
「………別に、ちょっと聞いてみたかっただけ」
は首を振って、何かをはぐらかした
「何だよ、」
「んー?何でもない、こっちの話」
はこうやって「何かをはぐらかす癖」がある。いつもが聞いても口を開かないので、ここずっとそうやって聞くのを諦めていた。今も、そうだ。がおかしな奴と鼻で笑ってみせると、は少し眉間に皺を寄せたが、すぐもとの顔に戻った。
「で、」
「ん?」
「どこまで読書は進んだ?」
「まだ読み始めたばっかだよ」
から話を振ったくせにストーブから目を放そうとはしない。部屋は以前より大分暖かくなった。机の上のビターチョコレートは二、三個溶けかかっている。その一つを、は口の中に放り込んだ。
「まだまだ序盤。終わらないよ」
「いつかは終わるんでしょ?」
「まあな」
「また途中で読むのやめるんだ」
「うるせ」
はよく本を読む。だけどクライマックスになってくると途端に読む気が失せるらしく、最後の十ページほど残したまま放置してしまった本が、部屋の隅にどんどん溜まってゆく。積み重なってかさばってゆく。それを見ていつもは溜息をついた。
「」
「んー」
「本好き?」
「好きだけど…。って、何だよ、さっきから。構って欲しいのか?」
「違うよ」
「構って欲しいなら構って欲しいってそう言えば、」
「ち、が、う!」
ストーブの前で暖まっていたは急に振り返った。その顔がが思っていたよりも赤く染まっていたので驚いた。どうやらストーブの温かさの所為だけではない。明らかには動揺していた。が言った言葉に。
「…ばァーか」
「……うっさいな」
「俺も温まろーっと」
「はあ!?来なくていいよ!」
小さなストーブの前に陣取るの隣には座った。もちろん暖かい空気なんて流れてくるはずもないけれど、と触れた肩だけは少し温かかった。の顔を覗き込むと、さっきよりもより一層赤い顔になっている。
「…ははーん」
「………な、に…その何か、変な声」
「バレバレだ、馬鹿。俺にバレてどうすんだよ。つか、本なんかに嫉妬してどうすんだ」
「うっさい…馬鹿、あああーもおおお最悪だあ…」
膝と頭を抱えて縮み込んでしまったは、耳すらも塞いでいるようだった。は溜息をつく。答えなんて、最初から決まっていたのに。
の髪の毛に上に唇を近付けた。途端にが顔を上げる。
「俺の答え」
「…う、そ…だあ」
ファーストキスはビターチョコレートの味。苦いと言ったに、は笑った。
BITTER KISS