前の席の彼。去年は違うクラスだった人。学校をよく休んでたみたいで去年は単位ギリギリで留年を免れたとか何とか。そして今年になって同じクラスになってもよく学校を休んでた。だけど単位が取れなくて留年しそうだからって、今必死になって学校に来ていたり。遅刻は相変わらず多いけど最近は少なくなった方。草臥れた学生服に、寝癖の付いた短い髪の毛、眠そうな背中。籤でこの席になるまでは一言も話したこと、なかったのにな。最初は気まずくてこの席が嫌で堪らなかったのにな。
「オイコラ、俺の椅子蹴ってる奴誰だー」
「はーい」
「お前か!」
授業中でもお構いなしにちょっかいを掛ける。椅子を蹴ってみたり、わざと椅子を揺らして地震だと言ってみたり。意味もなく後ろから背中を突っ突いたり、椅子の塗装が剥げた個所から見える鉄の部分に落書きをしたみたり。
「ぶすっ」
「何?」
「何でもないよ、呼んでません」
「俺の背中にシャーペンぶっ刺したのどこのどいつだよ」
「ここのコイツだよ」
「お前は馬鹿か!」
後ろからちょっかいを出したら必ず振り返ってくれる。またちょっかいを掛ける。その度に振り向いてくれる。その動作が凄く嬉しくて何度も何度も繰り返す。笑ってるけど実は嫌がってたりするのかな。クラスの男子に聞いてみた。アイツも暇だからもっと突っ突いて良いと思うよ。安心してまた繰り返す。それだけでつまらない授業がとても楽しくなるんだ。前の席が空いていると寂しくなって、遅刻して来てその背中を見ると嬉しくなって、授業なんて頭に入らない。馬鹿だなァ、テスト近いのにな。でも、毎日が楽しいからいいかな。
「ー」
「はいはい」
だけど最近も学習したらしいんだ。私が気の抜けた声で名前を呼ぶ時は、特に用事はないんだってことを。ちょっとだけ寂しいな、なんてね。私のこんなお遊びに付き合っていられるほどは気の長い人ではないからさ。最近は気の向いた時にしか振り向いてくれない。つまらない。したがって呼ぶ回数が増える。悪循環。
「」
「あのさァ」
「うん?」
「みんな俺のこと苗字で呼ぶの。あれ何でだろうな」
「んー、分かんない」
「不思議なんだよなー」
去年は名前も顔も知らなかった。今年に入ってからも顔は殆ど見なかった。たまに学校に来るだけで凄く珍しくて。だけど名前はしっかり覚えていたりする。うん、何でかな。多分授業で当てられて、ああ休みかと名簿にチェックを入れられる。その時に覚えたんだろう。毎日休めていいなと、私は羨ましかったりしたんだ。
「――」
「なァ、お願いだから名前で呼んで?」
「?」
「あ、ホラ、知ってんじゃん。うん、そっちで呼んでよ」
「うん」
のことをって呼ぶ人なんて限られた人しかいないのに。仲の良い子しか呼んでないでしょ。いいのかな、私なんかが呼んじゃっていいのかな。
(うわ、すっごい嬉しいかも…)
何だかくすぐったくて、名前を呼べるようになるには時間がかかりそうだよ。でも、いつか自然に呼べる日が来るといいな。
「」
「何?」
徐に私のシャーペンを手にして、私のノートに二文字書いた。その後に大きな欠伸をする。前を向く。また私の大好きなその背中が現れる。あなたの触ったシャーペンに触れて、何でかな、凄く嬉しくなった。嬉しくなって、少しだけはにかんだ。
「ツンツン」
「だーから、何?」
「私も、だよ」
「……そか」
照れた横顔が、前を向いた。
君がくれたキラキラ