「オイ、
 何だか嫌な雰囲気が漂ってる。そんな感じがし出したのに気付いたのは、今日の朝。嫌な雰囲気と言うか、これは明らかに私に怒ってる。だけどだからと言って、こっちからどうしたのと聞ける雰囲気ではない。空気の吸うのが痛かった。だから、こうやってダラダラと放課後まで話し合いは持ち越し。教室には二人っきり。あるはずないこのシチュエーションが、ありえてる。どうもありがとう、クラスのみんな。変な気、遣わしちゃったね。
「…何?」
「俺が怒ってる理由、分かるか?」
 こっちは鞄を持って帰る気万端。も鞄を背負って帰る気万端。立ち位置はが黒板の前で、私は教室の後ろ側。だけど、伝わってくるんだよ。イライラ、どんだけ怒ってるかっていうバロメータ。今からだって遅くない、かな。逃げたい衝動に駆られる。
「そんなの、言ってくれなきゃ分かんな」
「ッざけんな!」
 教室の前から私の方に向かって、は大股で歩いて来た。誰かの椅子が倒れる。だけどそんなのお構いなし。後退りをする私の左手首を掴んで、そのまま後ろのロッカーに押し付けた。の左手は私の肩を離さない。
「言わなきゃ分かんねェ?、お前、心当たりねェのかよ、あ?」
「心当たり…って?」
「おォ、しらばっくれる気かよ。愛しの君について、心当たりはありませんかー?」
 首を傾げてわざとらしく聞いてくる。目が怖い。本気で怒ってるよ。に言われてやっと気付いた。納得したように口を開くと、の眉間に皺が寄った。うわ、マズイ!の怒りの導火線に火をつけた。
「や、違う!何聞いたか知らないけど、あれは別に!」
「何もなかったって?」
「そう!だから、あの、偶然バッタリ会っちゃったから、近くに公園で話してただけで…。別に何もなかったの!」
 ほんの三十分程度。告白されたわけでもない。話題は他愛のないことだらけ。高校どう?上手くやってる?とは順調?最近愛情感じられなくなったかな。ただ、それだけなのに。は一回短く溜息をついて、口の端を上げて笑った。
「何もなかった?嘘だろ、浮気してんだろ」
 その言葉に愕然とした。浮気してんだろ…だって?開きかけた口からは何も出なかった。空気すら漏れなかった。
「信じて、ないの?私のこと…」
「…からメールが来た。愛華を泣かせんなって言ってたぜ。…何かあったんだろ?」
「何もなかったって!」
「じゃあ何でだよ!」
 の顔が酷く切なげに歪んだ。右手首が締め付けられる。少し、痛い。右肩にも力を感じる。こんな顔の、初めて、見る。

「何で、俺に何も言わねェんだよ…」
 いつも強気なから、そんな言葉を聞くとは思ってもみなかった。てっきりそのまま怒ったまま帰って喧嘩は一旦フェードアウト。次の日にどちからが謝って解決。そんなことだろうと思って、たのに。
「そりゃァ会ったことは気に食わねェよ。でもな、俺が怒ってんのはそこじゃねェ」
「………?」
「別にに会っても構わねェよ。でも何で何も言わねェの?俺はそんな頼りないか?」
 悲しそうで、どこか寂しそうなの顔。その表情を見て、この人はどんな顔をしてもかっこいいんだなとふと思った。
「伝わってねェ?俺、こんなにのこと想ってんのにさ…伝わってねェのかよ」
「…えっ」
「…別に毎日のことを話せなんて言わない。けどな、何かあったら俺に言えよ。心配すんだろ?お前のこと、疑いたくねェしよ…」
 これが、?これがあの憎たらしいくらい自己中な?まさか、こんな、こんな可愛い一面を持ってたなんて、一体誰が信じる。呆気に取られていたら、が返事しろよと言った。
「――あっ、ごめ…。うん、心配かけてごめんなさい…。これからは、頼ります」
「ま、今日はそんだけだ!帰るぞ、
 急にあっけらかんとして答えたに、ガクッと来た。さっきまでのあの可愛さは一体どこへ消え失せた!?やっぱり、謝らないんだね。
「…
「あ?」
「好き!」
「…知ってる」
 左手から伝わる熱があれば、それだけで幸せなのかもしれないね。
What for?