Before the Dawn
熱の残るシーツの中で目を覚ました。
身を捩り、カーテンの隙間から空を見上げると、うっすらと朝の色に染まっていく気配がした。
インクがこぼれ落ちたように、深い青がじわじわと白い光に侵食されていく、幾度か目にした夜明けの瞬間を瞼の裏で反芻する。
今は、まだ星たちが輝ける時間の、天の色。
身体を動かしたときに肩のあたりが露出してしまい、少しだけ肌寒く感じた。思いつきで、隣に眠っている彼の首に腕を回して、抱きついてみる。健康的に褐色づいた肌は、何度目にしても、……。
「……何だよ」
突然、低い掠れた声に耳を撫でられた。なんとなく、数時間前のことが思い出されて、余計に、くすぐったかった。
「……みとれてた」
と、(たぶん少し紅くなってる顔で)言うと、鼻であしらわれた。本当なのに。
不意に、さっきまで枕になってくれていた彼の左腕が背中に回り、左肩に手をかけられ、横向きにぎゅっとホールドされる。下の方になった右肩には、ほんのり日に焼けたその顔を埋められて、彼の硬めの黒髪と、欠伸の吐息が首筋を撫でた。
(……わ。めずらしい)
睡眠時間が割と不規則で、気の済むまで寝るかわりに一度目を覚ますと二度寝は難しい自分と違って、彼は仕事とか緊急事態とかに合わせて起床できるし、寝つきもいいし、多少の睡眠不足も若いので無理が効く。
恋人の前でさえ、欠伸するなんて油断しきったところはあまり見せない彼のこういう姿は、貴重だ。よほど疲れているのか……疲れさせてしまったのか。苦笑ともにやけともつかない形に、唇が歪んでしまう。
「……大きい仕事が一段落つくとね」
休ませてあげようかなとも思ったけれど、会話したい欲求の方が勝った。このまま、彼がどんな態度をとってくれるのかも気になった。好奇心が強いのは化学徒の性なのだろうか。
「すっごく、だれかに触れたりしたくなるんだよね」
それに、今夜の謝罪というか、言い訳がしたくなった。
なんでだろー、身体的にも精神的にも解放されるからかなあ、なんて脳天気に笑ってみせ――ようとしたら、突然、左肩を後方に引っぱられた。同時に、胸に密着していた彼の頭も離れたので、なんだかスースーした。
「……誰か?」
赤い目が、怪訝そうにこちらを捉える。声は、少し不機嫌そうだった――けれど、いつもより迫力がないように感じるのは、きっと、ほんの少し、瞼が眠そうに下りているからだろう。思わず笑ってしまった。
彼の首に絡ませっぱなしだった両腕に力を込めて、その肩に頭を埋める。
「不特定多数のだれか、じゃないよ? 好きな人だけ。今のところ、ひとりだけの」
同じことを返すだけでは芸がないから、首筋にキスのおまけを付けた。
一拍置いて、小さなため息が降ってきた。表情は見えないけれど、照れたときの癖だとわかる。
ほんと、素直じゃないんだから、と心の中だけで笑う。独占欲だって強いくせに、表には出そうとしない。こっちにはバレバレなんだけれど――たぶん、そこは彼も自覚してるんだろう。
「疲れてる?」
顔を上げて、甘えるみたいな態度で、彼の頬を撫で上げた。本当に眠そうだな、なんて思いながら。
「……まあな」
「ごめんねぇ」
目を閉じてため息をついた彼に、ちょっとだけ申し訳なさそうに笑ってみせる。
「明日はどうせ休日だ。……つーか、お前はわかってやってんだろ」
鋭い視線に射られ、反省なんざしてねえくせに、と暗に言われてしまう。その反応まで予想済み――というよりは、期待していたんだけれど。
「あははー。まあね」
どうしようもないところはお互いさまだ。
再び抱きつくと、くしゃり、と髪を掴まれた。
「――でも、君も乗り気だったんでしょう?」
口元を上げて、いたずらっぽく口にする。もっとオレの言葉に困ればいいのに、と思いながら。
「……」
黙秘権を行使されてしまった。
眉間に皺を寄せたその表情に、思わずくすくすと笑いが漏れてしまう。
この人が、愛しい。
「黒たんのえっち」
耳元で、誘うみたいに囁く。
驚いたときのように、彼の頭がぴくりと反応する。それが可愛いな、なんて思うと、すかさず、
「お前に言われたくない」
なんて悪態が返ってきた。
(08/XX/XX)
(11/11/17)
HOME