ひぐらしのく頃に


贄漆し編


其の\「激突の音・弐」



 圭一とレナがまっすぐ古手神社へと道を目指していたその頃、陽動班である魅音と詩音は雛見沢分校のグラウンドに向かって駆けていた。途 中、下鬼達を蹴散らしながら。
 しかし、如何せん数が多い。「鬼殺弾」の弾数も少ないため、詩音はナイフや改造スタンガンを使って応戦もしている。

 二人が使っている拳銃はS&W M59。
 1974年に発表されたM39の改良型。M39と同じく9mmパラベラム弾を使用するが、ダブルカラム・マガジンを採用しているため装弾数が14発に増 えている。また、ダブルアクションの特性を生かすためにデコッキング・セフティを採用している。全長192mm、重量840g、装弾数14発。
 さらに鬼殺弾用に富竹が改造してあり、名称はS&W M59-SP。女性でも扱えるように軽量化が施されており、装弾数も20発に増えている。

「ったく、キリがないね。『下鬼(げおに)』ってのはたいして強くはないけど数が多いからまいっちゃうよ」
 両手に拳銃を構えながら魅音が僅かに苦笑いをする。
 片方の拳銃に詰められている弾丸は鬼殺弾ではないただの弾丸だ。しかし、魅音は下鬼の「急所」を狙うことにより、普通の武器でも致命傷を与えることに成 功している。
 詩音もナイフを使って急所を攻撃する。だが、数が多いことに変わらないので、否応なしでも鬼殺弾を使わずには置けない状況となっているのだ。
「お姉、監督特製『鬼殺弾(きさつだん)』。あとどのくらい残ってます?」
「ん……あと十数発ってとこかな」
 双子の妹である詩音の問いに、魅音は僅かに間をおいて答えた。途端、詩音の表情が呆れに変わる。
「使いすぎですよ、私はまだ三十数発近く残ってるっていうのに……ほら、コレ使ってください」
 すっと詩音が三十発分の弾丸を取り出す。先端が黒いそれは鬼殺弾だ。
 魅音がそれを見て怪訝な顔をする。
「え……これは?」
「レナさんが無理やり私に預けていきました。『私は射撃が苦手だから』とか言って。まぁ、ウソでしょうけど」
 と、詩音が肩をすくめる。
「レナが……じゃあレナは鉈と斧だけで戦ってるの?」
「そうみたいですね。あはは……」
 それを聞いた魅音は差し出された弾丸を詩音の胸に押し当てるように戻すと、頭を振る。
「いいよ、これは詩音が使いな。あんた右腕使い物にならないんだろ? わたしはいざとなったら肉弾戦でいくからさ」
 見ると、詩音の右腕には肩から赤い血が流れていた。
 先の戦いで下鬼の爪による一撃を喰らったのだ。おかげで彼女の右腕は肩からあがらないほどの重症。
 それでも詩音は片腕だけで応戦している。
「いくらお姉でもそれは無茶ですって、大丈夫。私は悟史くんが目覚める前に死んだりしませんから。悟史くんが起きた時に一番初めに『おはよう』っていうの は私なんですから。たとえ心臓引っこ抜かれたって死にませんよ。……お姉、無茶して死んだら『告白できなかったー!』っていう未練が残りますよ」




「わかった。使わせてもらうよ」
 本来なら、ここで巫山戯あったり互いに苦手なことを言い合うだろう。けれど、今はその時じゃないから。
 詩音の言葉に魅音は頷くと、鬼殺弾を受け取る。それを見て満足そうに頷く詩音。
「それじゃさっさと片付けようか。『中鬼(ちゅうおに)』や『上鬼(じょうおに)』に出てこられるとやっかいだからねぇ」
 受け取った鬼殺弾を弾倉に詰めながら言う。
「ええ、お姉の大切な人も心配ですしねー」
 詩音は茶化すように言った刹那、痺れを切らした下鬼達が一斉に襲いかかる。
 二人はそれを背後に跳躍して躱す。
 詩音は着地した瞬間手にしたS&W M59-SPの遊底(スライド)を引いて、最初の弾丸を薬室(チェンバー)に送り込む。
 スライドの動作により、撃鉄が起こされ射撃準備完了。
 引き金(トリガー)を引き、撃鉄、撃針が作動して弾丸が発射。
 発射された弾丸・鬼殺弾がまっすぐ下鬼の額を打ち抜いた。
――――■■■■!!!
 とても発音出来ないような雄叫びをあげ、下鬼が消滅する。
 魅音も負けじとトリガーを引き、鬼殺弾を下鬼に命中させる。
 詩音は鬼殺弾を温存させるため、ナイフを投擲。急所に刺さり、下鬼は悲鳴に似た雄叫びをあげた。
「やっぱ限が無いね……」
「弱音を吐かないでくださいお姉。鬼と言えど無敵ではありません。急所を狙えば鬼殺弾で無くとも倒すことが出来ます。まぁ、鬼殺弾を使うに越したことはあ りませんが……ね!」
 振り下ろされる腕を躱しながら蹴りを入れる詩音。
「そうだ……ねっと!」
 魅音は振り返らずに背中越しに下鬼めがけて銃を撃つ。
 
 次々と倒れる下鬼だが、数は一向に減らない。
 それでも二人は必死になって応戦する。

「……沙都子、大丈夫でしょうか」
 詩音がふと、裏山の方へと顔を向けた。
 沙都子は今、たった一人で沢山の下鬼の相手をしている筈である。
 いくら裏山は彼女の庭だと言っても、厳しいかも知れない……と詩音は懸念する。
「心配だったら行って来なよ。ここは私だけで大丈夫だからさ」
「いいえ、お姉が行ってきてください。私は肩腕がこんな状態ですから、きっと足手まといになるだけです」
「……だけど」
「いいから行ってくださいお姉! 沙都子のこと……頼みます」
 魅音はもう、何も言えなかった。
 詩音の決意は固い。そしてその決意は決して壊してはならない。
 魅音は頷くと、踵を返して裏山へと向かう。
「……ごめんね……魅音」
 詩音は呟くように言うと、がくっと膝を付く。
 少し、無理をし過ぎたかも知れない。魅音を心配させまいと気丈に振舞ったのだが、いなくなってから油断したのか、急に体にきたのだ。
「これはちょっと……きついかもですね」
 あはは、と乾いた笑みを浮かべる。その時、風が止み、暗い空がさらに暗く覆われる。
 冷たい風と共に、薄汚れた黒いマントを羽織った存在が詩音の前に立ち塞がる。
「……これはこれは、大物登場ですか」
 若干苦い顔をしながら、詩音はその存在を仰ぐように見た。
『ニンゲン、何故、我等が主の邪魔ヲすルか』
 
 上鬼。
 鬼達の中で知性も高く、その力も強大な鬼。
 サイクロプスのような単眼にひし形に尖った頭部。下鬼とは比べ物にならないほどの鋭い腕と爪。頭に伸びた長い三本の角が格の違いを表している。
 その大きさは下鬼の約二倍と云ったところであろうか。
 さらにその両側に、上鬼と同じ単眼の鬼が二体、低い唸り声をあげて立っている。
 
 中鬼。
 下鬼よりも位が高いが、上鬼のように人語を解すことは出来ない。
 青い甲羅のようなものを着けた人型である。

 見上げながら、詩音は僅かに絶望する。
 ……マズイ。
 何がマズイって、その存在自体がマズイ。
 肩が震える。唇が震える。銃を構えている指が震える。汗で上手く握れない。

「……あ……ああ」
『主の邪魔ヲするモノ、**ス』
 上鬼の長い腕が背後の満月を隠すように振り上げられる。
 それを見て詩音は……死を覚悟した。







 その瞬間、詩音の瞳に目の前の光景とは違う光景が流れてきた。
 そこは入江診療所の中、悟史が眠っている病室だ。

(え、どうして?)
 詩音は困惑する。無理も無い。死を覚悟して目を閉じた瞬間、違う映像が流れてきたのだから。
(……死ぬなって言うの、悟史くん?)
 映像は悟史の寝ているベッドを映し出す。
 拘束されている両手と両足、そして体。詩音は何度、この苦しい拘束具を外してあげたいと思ったか。でも、それはしてはいけないことなんだ。
(……悟史くん、悟史くんが見せてくれているの?)
 映像は腕を映していた。まるでカメラが動くかのように、そのまま彼の顔を映し出す。
 安らかな顔で寝ている悟史。だが、死んでいるわけではない。
 いつかきっと目を覚ました時、真っ先に『おはよう』と言ってあげる。詩音はそう誓った。
(そう、誓った。悟史くんに『おはよう』って言うために!)
 
 私は何をしている? 何死を覚悟しているんだ、園崎詩音!!

「私は!!」
 振り下ろされた豪腕を、横っ飛びで瞬時に躱す!
 鋭い爪は轟音と共に地面にめり込み、あのまま喰らっていたらきっと全身内臓やらをぶち撒けてとてもお見せ出来ない姿になっていただろう。
「私はこんなところで負けるわけには行かないんですよ。大切な人のために」
 銃を横向きに構え、不敵に笑いながらその口径を上鬼に向ける。
「さあ、来なさい下種ども! その内臓、残さずぶち撒けさせてやりますよ!!」