ひぐらしのく 頃に

贄漆し編



其の[「激突の音・壱」



 9月11日。
 いよいよ、その日が来た。
 日が昇りきると同時、あちらこちらから黒い煙が漂い、この世のものとは思えない唸り声が聞こえ始める。
 やつらが、鬼達が、この村に攻めてきたのである。
 圭一達は朝早く、入江診療所の地下に集まっていた。長テーブルの上には山積みにして置かれた弾丸と、五丁分の拳銃がある。
「完成したんですね監督。鬼殺弾が」
 圭一の言葉に頷く入江。しかし、と彼は付け加えた。
「出来ている弾丸の数は200発が限度です。決して、無駄撃ちはしないでください」
 そう言って入江は弾丸をカートリッジに詰め始める。
「弾丸が200発ってことは……俺達5人だからそれぞれ40発分ってところか」
「40発もあれば十分なモンですよ」
 と、詩音はタカを括るが、魅音がそれを聞いて難色を示す。
「やつらに普通の武器は効かないと思う。油断しているとやられるよ、詩音」
「お姉、何弱気になってるんですか〜。大丈夫ですって!」
「魅ぃちゃんの言うとおりだよ、詩ぃちゃん。油断しない方が良いと思うな」
「レナさんがそう言うなら……」
 と、さっきまでとは打って変わって急に大人しくなる。
「さて、作戦の確認と行こうか」
 魅音の気を取り直したような言葉と作戦と言う単語に、皆は空気をぴりっとさせる。

 魅音の作戦とは割と単純なものだった。
 鬼の数がどれだけいるのか解らない。古手神社にもかなりの数の鬼がいると思うが、それでもその内の大量の鬼を村に寄越す筈である。
 まずは陽動として、それぞれ分かれて鬼達を相手することにする。
 園崎姉妹は鬼を分校グラウンドに誘導し、沙都子は自分のフィールドである裏山に。
 圭一とレナはまっすぐ古手神社へ。
 鬼殺弾は一匹に一発だけ。一発当たればそれだけで鬼の細胞は死滅すると入江は説明した。
 そしてこの作戦の最終目的は……皆で生き残ること。

「じゃあ良いね、皆?」
「いつでもOKですわ!」
「それじゃ、私達部活メンバーの」
「本気の部活を……」
「始めようぜ!!」
「「「「おおおおおおおお―――――――!!!」」」」

 叫び、地上へと飛び出す部活メンバー達。
 そして彼らは銃を片手に、そしてそれぞれ自分のもっとも得意な得物を武器に走り出す。

 入江はそんな彼らの後姿を見て、ぽつりと洩らす。
「……大丈夫でしょうか、彼らは」
 それは不安の声。無理も無い。相手は今だ未知なる敵。人間を相手にするのとは訳が違う。
 だが鷹野は、そんな入江の不安を吹き飛ばすように微笑む。
「大丈夫ですわ、あの子達なら。だって、最強の部活メンバーなんですよ」
「……そうですね」
 笑い返し、入江は白衣を翻すのだった。




 それから、どれぐらい時間が過ぎただろうか。
 最初は全員で古手神社の道のりを移動していた。
 途中何体かの鬼が現れたが、魅音が抜群の銃の腕前で鬼達を蹴散らしていた。
 鬼殺弾の効果はかなりのものだった。
 一発当てただけで鬼は苦しみだし、そのまま死に絶えていった。
 圭一は弾丸を温存するため金属バットで応戦し、レナは鉈と斧の二刀で応戦する。
 詩音は沙都子を守りつつ戦い、沙都子も負けじと鬼殺弾を撃つ。
 恐いという恐怖はある。だけどそれでも、仲間達がいる心強さがある。

 魅音と詩音は鬼達を分校へと陽動し、沙都子は裏山へと陽動していく。
 圭一とレナはただひたすらまっすぐ、古手神社を目指す!!


 最初は優性かと思っていた圭一とレナだが、鬼達の度重なる攻撃にボロボロになっていった。
 戦いが始まって早数時間。陽は完全に昇りきり、昼になっていた。だが、雛見沢村を覆う黒い霧の所為で、やはり周りは薄暗い。

「うおおおおおおおおおっ!!!」
 雛見沢村に木霊する一つの叫び。それは圭一が金属バッドを振るう時の気合の叫び声。
 目の前に対峙するはおおよそ人とは呼べない異形の怪物、鬼。
 顔は人よりも大きく。角があり、しかしそれは一本だったり二本だったり三本だったりと様々だ。
 目は赤く、鋭い爪と牙を持ち、それは一匹ではなく、五匹、十匹と村を徘徊しながらぞろぞろと溢れてくる。
 振り下ろされる金属バッドを腹部に喰らい、倒れる怪物。だが、一匹倒れたから何だと言うのか。相手は次から次へと、まるでゲームのザコキャラのように圭 一に向かって来る。
「くそ! 限がねぇ!!」
 圭一は金属バッドで敵を薙ぎ払う。だが、数は途切れることは無い。
 怪物の一匹が大きな、鋭い爪の生えた腕を振り下ろす。それを金属バッドで受け止める。
 ガキィンと金属音が響く。
「くっ!!」
 離れ、距離を取る。だが相手は一瞬で間合いを詰めて来る。
 圭一は目を見開くが遅い。異形の怪物の腕が伸び、顔面を捉えた!
「まずっ……」
 死を覚悟した瞬間、しかし怪物の鋭い爪は圭一の顔を串刺しにはしなかった。
「……え?」
「大丈夫、圭一くん!」
 ドンと言う銃声と同時、鬼はがくりと地面に倒れる。
 見ると、遠くで拳銃を握るレナの姿がある。
「レナ?!」
 レナのそれは、見る者全てを威圧しかねないほどの鋭い眼光。
 だが、怪物には知性が無いのか、それとも感情がないのか、レナの眼光を見ても全く動じてはいなかった。
「圭一くん。ここはレナにまかせて先に行って」
「な、何言ってるんだ?! レナ一人でなんとかなるような数じゃ……」
 それにだ。
 レナの姿は、見るも無残なほど、ぼろぼろになっていた。
 肩は破れ、胸の自慢のリボンも、スリットのスカートも下着が見えるほどに破れてしまっている。そして何よりも、白い服に付着している赤い血が痛々しい。
 左手に持っている鉈も、刃毀れが激しく、いつ砕けてもおかしくは無い。それはもう片方の背中に差している斧も同じだった。
 そんな、そんなボロボロの状態でまかせてだと?
 だがレナは、決意のある眼差しで、圭一の言葉を塞ぐように言った。
「梨花ちゃんを助けないと。……早く行ってあげて。大丈夫、これくらいレナ一人でやっつけられるよ」
 その言葉は、信用出来るほど力強い。レナの強さなら間違いなく、怪物全員をやっつけることなど、造作も無いだろう。
「し、しかし……」
 レナはこれまでの戦いでかなりの体力を消費しているはずだ。
「駄目だ。レナを残してはいけない。こいつらを片付けてから梨花ちゃんの方に」
「圭一くん!!!」
「!?」
 それは、直接頭に響くほどの大声……いや、怒声だった。
「圭一くんは梨花ちゃんを……仲間を見捨てるの? 違うよね。……圭一くん、わたしたちは仲間だよ。仲間同士で嘘なんか言わないよ……だから……仲間だか らこそ信じて。レナなら大丈夫だから。……これくらい、レナ一人でやっつけられるよ」
 その言葉と表情にきっと嘘は無い。
 そうだ。仲間を信じなくてどうする、前原圭一!
 梨花ちゃんが助けを求めてる。レナは大丈夫と言った。なら俺はどうするべきだ。レナを信じて、仲間の救援に向かうべきじゃないのか!!
 KOOLになれ、前原圭一! そしてヒートにより熱く!!
「わかった…………絶対……絶対だぞ!」
 レナは、キズが痛むはずなのに、それでも彼に悟られまいと笑顔で頷く。
「あ、ねぇ……この戦いが終わったら、圭一くんに言いたいことがあるんだ、聞いてくれるかな、かな?」
 決して振り向かず、レナは正面を向いたまま、言う。
「ああ、良いぜ。それどころかレナのお願い一つなんでも叶えてやる」
「……なんでも?」
「なんでもだ! だから……必ずあとから来いよ! 約束だぜ!!」
 そして圭一は駆け出す。梨花を助けるために。


 ……圭一が去った後、レナは怪物達に囲まれながら、それでも恐怖の顔など微塵も出してはいなかった。
 けれど、どこか寂しげに……そして悲しげにぽつりと呟く。
「行っちゃった……。なんでも……か。あはは、心残りが出来ちゃったよ」
 圭一くん、レナの言いたいこと……もしかしたら言えないかも知れない。
 でも、でもね。
 レナは拳銃を懐に仕舞うと、背中の斧を取り出して構える。




「さあ、かかっておいでぇぇぇえ!! あなた達の首ぃぃ! お持ち帰りしちゃうよぉぉぉぉおおおおおっっ!!!」
 約束したから。
 こいつ等を倒して、圭一くんの所に行くって……約束したから!

 レナはもうとっくに使い物にならないはずの鉈と斧を構える。
 大丈夫、まだ――大丈夫!!
 レナは怪物の中へと突っ込む。刹那、白い帽子が宙を舞った。