3


 綿流し祭まで、3日を切った。
 綿流しの舞台となる古手神社では祭の準備が行われており、俺は自然とそれを手伝うようになっていた。
 最初は苦手だった力仕事も、少しはマシになるくらいは手伝えるようになっていた。
 梨花ちゃんは奉納演舞と言う大役を担っていて、現在その練習中である。

「どうだ浩二、調子は?」
 重い角材を肩に背負いながら、圭一が訪ねる。
「まあまあ・・・かな。やっと慣れたって感じだよ」
 圭一はそうか、と言って笑うと奥の角材置き場へと向かった。因みに俺は休憩中で木陰で休んでたりする。
 元々俺は力仕事は向いてないのだが、それでも村の役に立ちたいと思い、自主的に手伝っている。
 魅音は園崎家の次期頭首として、村の老人達や役員達に色々指示を送ったりしている。
「園崎家・・・かぁ」
 俺は知らず、呟いていた。
 そう言えば、魅音の家はかなり大きく、雛見沢を牛耳っているとかなんとか聞いてるけど、詳しいことは知らなかったりする。
 その時、カシャっと言う音とともにカメラのフラッシュがたかれた。
「!?」
 俺は思わず驚いてしまい、カメラのフラッシュがした方を向いた。
「あ、ごめんごめん。驚かせてしまったかい?」
 そこには、体格の良い男性がカメラを向けて立っていた。
「驚きましたけど・・・大丈夫です。良いカメラですね?」
「へぇ・・・・・・」
 男はまじまじと俺を観察するかのような顔で見た。
「あの、何か?」
「ああ、すまないね。君と同じ年の男の子を同じようにこっそり撮ったことがあるんだが、反応が全く違っていてね」
「男の子・・・・・・それって、あそこにいる?」
 俺は左方向で老人や魅音と談笑している圭一を指差した。話に夢中になっている所為か、誰一人男の存在に気付かない。
「ああそうだよ。しかしよく解ったね」
「俺と同じ年の男の子なんて、雛見沢には数えるくらいしかいませんからね」
「あははは! 違いない!」
 男は豪快に笑ったあと、取り敢えずと前置きして自己紹介をはじめた。
「僕は富竹ジロウ。雛見沢には野鳥を撮影に来ているフリーのカメラマンさ」
 俺も富竹さんに倣って自己紹介をする。
「えっと、俺は後原浩二です。宜しく」
「ああ宜しく。ところで、さっき『園崎家』って呟いていたみたいだけど?」
 富竹さんにはどうやら、俺の呟きが聞こえていたらしい。
 丁度良いや。この際だから聞いてみよう。
「えっと、富竹さんは園崎家って家がどれくらい大きいか知ってますか?」
「ああ、まぁね。僕で解る範囲でなら答えるよ」

 そうして富竹さんは、園崎家のことを教えてくれた。

「園崎家はね、御三家の中でもトップと言われるくらいなんだ。頭首である園崎お魎を筆頭にその権力は興宮の役場にまで及ぶ。
 雛見沢村での、最大権力者と言ってもいいだろう。
 屋敷はかなり大きくてね、その周りには防犯カメラまであるそうだ」
「す、凄いですね・・・・・・」
「それだけじゃないよ。昔、雛見沢がダムに沈むって話があってね」
「ダムに?」
 それは初耳だった。
「うん。まぁ色々あって無期凍結されたんだけどね。そう言った騒ぎで一番活躍したのも、やはり園崎家だったらしいよ」
「そんなことがあったんですか」
「かなり凄かったらしい。詳しいことは魅音ちゃん等に訊けば詳しく教えてくれると思うよ」
 俺は「ありがとうございます」と言って礼を言うと、一つの人影がこちらに向かって歩いてくる。
 園崎魅音だ。噂をすればなんとやら―と言うやつか。
「よう、魅音」
「おー、浩ちゃん。あれ、いつ富竹さんと知り合いになったの?」
 魅音は不思議そうな顔をしている。
 俺はついさっき知り合ったことと、園崎家のことを教えてもらってたことを魅音に言った。
「そう言えば、ダム計画なんてのもあって、かなり凄かったんだって?」
「まぁね。兎に角私達は一丸となって戦ったよ。なんせ、国を相手にするからね。それでも、大切な村を沈めたくはなかった。
 機動隊に喧嘩も売ったし、何人かが警察に捕まったりもした。それでも私達は諦めなかった。みんなの頑張り無くして今の勝利はありえない」
 
 魅音は、普段とは比べ物にならないくらい落ち着いていて、そして大人っぽい表情で力強く言った。

 俺は、その場にいたわけでもないし、雛見沢には引っ越して来たばかりの新参者だけど。
 それでも、目を瞑ればその光景が目に浮かぶようだった。
 どれだけ傷つこうとも、必死になって自分達の村を守ろうとする姿が。

「富竹さんも、早くメジャーデビューしてくださいよ♪」
「うっ! も、もちろんだよ」
「それじゃ、おじさんは手伝いの続きしてくるから」
「あ、それじゃ俺も」
 俺も魅音の後についていこうとするが、彼女はそれを制した。
「いや、浩ちゃんはもう少し休んでていいよ。まぁあとは結構ハードな力仕事が多いからさ」
「なんか、遠まわしに『もう役に立たないからそこで待ってろ』と言われた気が・・・」
「あははは! 何、浩ちゃんは直球的に言って欲しかったのかな?」
 魅音がいじわるな表情で言ってくる。
「どっちかというと遠まわしな方が助かる。直球的に言われるとかなりキツい」
 俺は溜息交じりにそう言った。
 そしてふと、昨日レナが気になる事を言っていたな。
「あのさ魅音。訊いていいかな?」
「何?」
「『オヤシロ様』って何だ?」
「ああ、オヤシロ様はね、雛見沢(この)村の守り神だよ」
「守り神?」
「そう。っと、そろそろ行かないと。それじゃ!」
「え? あ、ああ。行ってらっしゃい!」
 魅音はそれだけ言うとささっと行ってしまった。ま、オヤシロ様はこの村の守り神とだけわかっただけ良しとするか。
「それじゃ、僕も失礼することにするよ」
 富竹さんは神社の階段へと向きを変えて歩きはじめる。
 しかし途中、俺は富竹さんの放った独り言を聞いてしまった。

 ――「今年のオヤシロ様の祟りは、誰が犠牲者になるのかな」――

「祟り・・・ですか?」
 俺はそのことが気になって富竹さんに訊こうとしたが、時間が無いとのことですぐその場を去って行ってしまった。
「まぁ、部活メンバーの誰かにでも聞けばいいか」

 俺はこの時知らなかった。
 俺の僅かな疑問が、大きな惨劇の幕開けになることになろうとは・・・。



 4

 6月17日 雛見沢分校 教室


 疑問が浮かんだらすぐに解決するのが俺の性格だ。
 ―オヤシロ様の祟り―
 昨日富竹さんが言った言葉が、俺の心の中を支配していた。
 祟りと言えば、誰が聞いても良くないことと捕える。
 実際そうだ。言わば、神様が与える天罰と言っていいだろう。
 だけど昨日、魅音が言ったことを思い出す。

『ああ、オヤシロ様はね、雛見沢(この)村の守り神だよ』

 守り神であるオヤシロ様が祟りを下す・・・。なんか酷く矛盾した話だ。
 そもそも、オヤシロ様と言うのはどのような神様なのか。
 魅音は「守り神」と言ったが、それだけでは曖昧だ。
「―ちゃん」
 誰かこの村で詳しい人物に訊くのがいいだろう。
「――いちゃん」
 しかし、誰が良いだろうか。
 そう言えば梨花はオヤシロ様の生まれ変わりと言うのを老人達の会話で聞いた気がする。
 彼女に訊くのが得策なのだと思うのだが―――
「――お兄ちゃん!」
「えっ!?」
 突然の大声に俺は驚き、今まで思考してた事がすぽーんと抜けそうになった。
 見るとひかりが俺の机の真正面に立っている。
「な、なんだよひかり。驚かすな・・・・・・」
「いくら呼んでもぼーっとしてるし。一体どうしたの?」
 ひかりは心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「いや、ただ疑問に思ってることがあってな」
「疑問?」
 俺は昨日富竹さんと言うフリーのカメラマンと話したこと、彼が帰りに呟いた「オヤシロ様の祟り」のことが気になっていること、オヤシロ様とはなんだろう と疑問に思っていることをひかりに話した。
 例え血の繋がりの無い兄妹でも、隠し事や心配事をさせないと俺たちは約束した。だからひかりには包み隠さず全てを話したのだ。
「・・・・・・・・・・・・」
 ひかりは聞き終わるとずっと黙り込んでしまった。
「オヤシロ様・・・・・・」
「ああ。なんかこの村の守り神みたいでさ、祟りも下すらしいんだ。なんか恐ろしいよな」
「とてもそんなことする子には見えないけどな・・・」
 ひかりはぼそっと、囁くような声で言う。
「え?」
「ううん、なんでもないよ」
 ひかりは首を横に振るが、表情はどうも納得できない、と言った感じだった。
 と、教室の扉が開き、梨花と沙都子がやってくる。
「おはようございますですわー!」
「おはようなのです」
 二人は元気よく俺たちの方に向かって挨拶する。
 沙都子と梨花は同じ家に住んでいて、共に両親はおらず、二人きりで生活しているそうだ。
 二人は学校にも割と早い時間に登校する。その理由というのが――
「おはよう二人とも。
 沙都子、またトラップを仕掛けるのか?」
「当然ですわ! 今度も圭一さんをぎゃふんと言わせるのですから。おーほっほっほ!」
 と、高笑いしながらいそいそとトラップの準備をする沙都子。
 梨花はにこにことその一部始終を見守っている。
 今度のトラップはどうやらかなり念入りらしい。バケツとか画鋲とか硯とかを用意している。
「なんか大掛かりだな・・・・・・」
 圭一の前に他の生徒が被害に遭わないか心配になってくるのだが、沙都子は圭一、レナ、魅音達は割と遅く登校してくるので、その時を見計らって罠を仕掛け るのだと言う。
 そうしてトラップのセッティングが完了し、あとは圭一達が来るのを待つだけとなった。


 さて、何事にも予想外の出来事というのは存在する。
 今日も今までどおりとタカを括っていると、物凄いしっぺ返しを食らうこともあるのだ。

 今まさに「予想外の出来事」が起きていた。
 話を3分前に戻そう。

 見事トラップをセットし終え、自分の席に座った沙都子。
 だが、その2秒後にありえない声を聞いた。
「あいたー!?」
 誰かの悲鳴が聴こえた。しかもこの声は聞き覚えあるような・・・。
「こ、この声はまさか・・・」
 沙都子の声は震えている。あ、なんか廊下の方から殺意っぽいオーラが見えてるような・・・?
「誰ですか! こん――」
 ばっしゃーーんと、景気の良い水の音が響いた。
 
 ――時が止まった。

 ぽたぽたと水滴を落としながら、とある人物が仁王立ちで立っている。
 雛見沢分校教諭、知恵留美子先生その人が、水浸しで。

「ちちち、知恵先生!?」
 沙都子が驚愕の表情でその場を後ずさる。
「北條さん・・・これは一体どう言うことですか〜?」
 ゆらりゆらり・・・と知恵先生は悪鬼の如く表情で沙都子に迫る。怖い、正直怖い!
「いいい、いえですね! あのその・・・これにはふか〜〜い訳がございまして!!」
 ますます後ずさる沙都子。梨花はちゃっかり安全地帯に避難してたりする。素早いなぁ・・・。
「自業自得ね」
 ぽつりとひかりがそんな四字熟語を呟くのと沙都子の悲鳴が聞こえたのはほぼ同時だった。




 それから沙都子が職員室でこっぴどく叱られている合間に圭一達がやってきた。
 知恵先生が代わりに沙都子のトラップに引っ掛かったことを話すと、魅音が開口一番大笑いしながら言った。
「あはは! 大方扉に挟まれていた黒板消しに視線が集中してて引き戸にびっしり貼り付けられた画鋲に気付かずそのまま手に取り、勢いで教室に入るも上空か らのバケツによる水攻めを食らったってところか!」
 すげえ! まだ詳細を話してもいないのに正確に当てやがった・・・・・・!
「よく解ったな、魅音」
 俺が感心していると魅音は「当然」と言った顔つきで言う。
「沙都子がやりそうなことってお見通しだからね。と言うか、圭ちゃんも喰らい掛けてたっけね♪」
「まあな。あれはやばかった。特に最後の硯が」
 圭一がなんか苦虫を噛み潰したような顔をして唸った。そんなに悔しかったのか。
「しかし、沙都子のトラップ技術は凄いよな。相手の行動さえ計算して仕掛けているんだろ?」
「確かにね。当てずっぽうにやっているわけじゃないよ」
「特に学校の裏山は沙都子ちゃんの庭だから、トラップがいっぱい仕掛けられているんだよ、はう」
「前に一度、皆引っ掛かったことがあるですよ」
 にぱ〜と笑いながら梨花は言った。
 それにしても、裏山全体がフィールドか。ある意味最強かも知れないな。
 俺も気をつけよう、と決意しつつ、お昼になるのであった。


 ひかりはやはり、会話に参加せず、ずっと黙ったままだった。