第9話「私はあなたが必要で、あなたには私が必要だった」





 その日の夜は静かだった。
 今日は私が食事当番だったが、羽入のことを気にするあまり、鍋は焦がすわご飯炊きは失敗する、包丁で指を切る、などと失態を繰り返し、見かねた沙都子が 心配になって当番を代わってくれた。
「ごめんなさいなのです。沙都子」
 私はしゅんと項垂れて沙都子に詫びた。全く、羽入にあれだけ言っておいて・・・気にしすぎよ、古手梨花。
「気にしないでくださいな。それより梨花、大丈夫ですの? 普段のあなたなら絶対やらない失敗ですわよ?」
「大丈夫なのですよ」
「なら良いのですけど・・・そう言えば羽入さんの姿が見えませんわね」
 ・・・・・・・この世界では羽入は皆に見える。
 沙都子は何か、なるほどと言った顔をすると、穏やかに笑って私に言う。
「梨花・・・・・・羽入さんと喧嘩でもしたんですの?」
 私は、答えない。
「梨花・・・・・・心配なら、探しに行けばいいのではなくて?」
 私は、答えない。
「梨花・・・・・・もしかして、ボクからは謝りたくないのですよなんて意地を張ってるのではございません?」
 私は、顔を上げた。
「それとも、どう謝っていいか解らない?」
 私は、首を横に振った。
「それなら大丈夫ですわ。 羽入さんと向き合って、頭を下げてただ一言、その言葉を口にすれば宜しいのですわ」
 私は、目を見開いた。
「梨花・・・・・・互いが手を伸ばさなければ、掴めるものも、掴めなくなりますわ」
 互いが・・・・・・手を伸ばす。
 それはいつかの世界で、私が見た景色。
 私は無言で頷くと立ち上がり、部屋を後にする。途中沙都子に向かって「にぱ〜」と微笑みながら。






 そうだ、そうだ、そうだ!
 私が、間違っていた。
 勿論、羽入が正しいのでも無い。
 互いが手を伸ばさなかっただけ。
 私はしなければいけないことは、羽入を殴ることでも貶すことでもなかった!
 羽入に手を伸ばさせることだったんだ!
「羽入――! 羽入――! 羽入―――――!!」
 私は村中を走る。大声で羽入を呼ぶ。
 
 羽入はひかりが死に、浩二が消えたと知ってこの世界に絶望した。
 だけど私は諦めない。仲間が一つになれば奇跡を必然にすることが出来るように、
 皆が願えば、その願いはきっと叶うはずなんだ!
 信じても無駄? 期待するだけ損? そんなの、クソくらえ!!
 
「羽入――! どこなの!?」
 私は手当たり次第探したが、羽入の姿はどこにもなかった。
 もう辺りは真っ暗だ。もしかして行き違いで気付かずにすれ違った可能性も・・・ぶんぶんと私は首を振る。
「・・・・・・・・・後は」
 私は思い当たる場所が閃くと、一目散にそこに向かった。










 § § §






 羽入は、古手神社の社の賽銭箱に座って頬杖をついていた。
 夜空の星がとても綺麗だ。
 だけど羽入は、そんな星達に感動できるほど、心が余裕ではない。
 
 羽入は、「期待すること」と「信じること」をやめてしまった。
 期待しても、信じても、それに裏切られた時、辛いだけだ。
 だから梨花にも、前の世界ではありえなかった展開になっても「期待しすぎるな」と忠告した。
「期待しなければ、信じなければ、それに裏切られても心は平気なのです」
「それは違うわ、羽入」
 羽入ははっとして顔をあげた。そこには梨花が立っていた。
 その姿はボロボロで所々怪我をしている。
「梨花――? その怪我どうしたのですか!?」
「大丈夫よ。ちょっと転んだだけだから」
 羽入は、それが自分を探している時に負った傷だと判断した。
「どうして・・・・・どうして梨花は、期待出来るのですか? どうして、信じることが出来るのですか?」
「だって・・・信じるからこそ、期待するからこそ、人はもっともっと頑張れるんじゃない」
「もっと・・・・・・頑張れる?」
「ええ。たとえ裏切られても、期待しても無駄だったとしても、負けるものか、次こそはって頑張るから、人は期待するのよ」
「でも・・・だけど」
「羽入。期待する前から諦めてたら、叶う願いも叶わないわよ。あなたの願いは何? 浩二とひかりが惨劇に遭わないことでしょう? だったらそれを信じなさ い。あなた自身の願いなら、最後まで責任を持ちなさい」
 言って、いつのまにか説教みたいなこと言ってるなぁと梨花は苦笑した。
「ごめんね、結局説教垂れちゃって」
「ぁ・・・ぅ」
「好きなだけ、あうあう言っていいわよ」
 梨花は優しく羽入を抱き締めた。
 ――――あたたかい。
 梨花の身体は、とても温かいのです。
「梨花ぁ・・・りかぁ・・・・・・ご、ごめっ ごめんなさいなのです。ぁぅぁぅぁぅ、ぁぅぁぅぁぅぁぅ! ごめんなさい、ひくっ、ごめ、ごめんなさいごめ んなさいごめんなさい・・・・・・」
「私の方こそごめんね、羽入。一番辛いのはあなたなのに、酷い事を言ってしまったわ」
「あうあうあう! あうあうあうあうあうあう! 信じていいのですか!? 浩二とひかりが生きてるって、信じていいですか!?」
「勿論よ。信じましょう羽入。きっと二人は生きているから」

 






 § § §




 次の日。私と羽入と沙都子は学校へと登校した。
 やはりと言うかひかりと浩二のことは学校中に知れ渡っていた。
「僕は、信じないのですよ」
「羽入・・・・・・」
「あの二人はきっと生きているのです。だから、いなくなったなんて、信じないのですよ」
 羽入はそう力強く言った。昨日とは打って変わったような瞳だ。
 私は「そうね」と言うと、自分の席につく。
 沙都子はいつものように罠の準備にかかる。私と羽入もそれを手伝った。

 で、当然と言うかなんと言うか。
 圭一は物の見事に沙都子の罠に引っ掛かり、全身水浸し、頭はチョークの粉真っ白だった。


「で、羽入は浩二の失踪とひかりの死は信じてないわけだ」
 昼休み。
 私は昨日の出来事、即ち大石と話した内容を部活メンバーに話した。
 勿論、教室で話すと目立つ。だから私達は校舎裏の目立たない場所に移動していた。
「はいなのです。 入江も言っていたのです。死体は偽装の可能性があると」
「つまり、犯人は浩二とひかりを誘拐した後、ダミーを使ってひかりの死を偽装したってのかい?」
 私と羽入は同時に頷いた。
「けどさ、死体って偽装できるのか? いくら燃やしたからって警察に詳しく調べられたら終わりだろ?」
 圭一が疑問を口にする。
「だからこそ、犯人は死体を燃やしたのですよ」
 私が言う。
「どう言うことだ?」
 圭一のさらなる疑問に、今度は羽入が答える。
「つまりなのです。死体を燃やせば身元調査が困難になるのです。唯一残った歯型から人物を特定するしか無くなるのですよ」
「その歯をひかりのと偽装すれば良いわけか。いや、そんなこと可能なのか?」
「一から作れば・・・・・・或いは」
 私は呟く。
「えっと、犯人はひかりちゃんそっくりの姿をした死体を用意したってことかな?」
「と言うより、ひかりそのものの死体を作って病院に置いた、だねぇ」
「しかし、どうしてそんなややこしいことするんだろうな?」
 圭一の疑問に、誰もが首を傾げた。
 それは私も同じだ。それに、まだ死体が偽装されたものだと決まったわけじゃない。
 全ては、入江の検査次第だ。




「あれ、梨花ちゃん帰るの?」
 放課後、いつものように部活をしようと準備していた魅音が、不満そうに言った。
「みぃ。今日は入江のところによるので失礼させてもらうのですよ。ごめんなさいなのです」
「僕も着いて行くので・・・ごめんなさいなのです」
 梨花と羽入が同じ口調で謝る。
「あー、それなら仕方ないね。それじゃ、今日はこれで解散!」



 

 § § §



 

 運命と言うのは、打ち破るものだと誰かが言った。
 だけど時に運命は、必然を装い、突然やってくることがある。

 私は羽入との帰り道、大石に捕まった。
 捕まった、と言う言い方は適切では無いかな。まぁ、大石に見つかって無理矢理話相手にされた、これかな。
 どうせまた協力のお願いだろうと思っていたが・・・・・・。
 羽入には先に帰ってもらった。勿論、羽入も同意してのことだ。
「何の用なのですか? 協力はしないのですよ」
「なっはっは! いえいえ、もうそれは良いんです。 いえね、あなたに伝えたいことがありまして。 えー、良い話と悪い話、どっちから聞きますぅ?」
「悪い話からお願いするのですよ」
「なっはっは! 解りました! えー、富竹ジロウさん・・・ご存知ですよね? 彼が今日、遺体となって発見されました」
「・・・・・・・・・今日、見つかったのですか?」
「ええ。死亡推定時刻は昨日の夜・・・丁度綿流しに掛けてですね。死因は・・・自身の喉を掻き毟ったことによる出血多量です」
 大石はパラパラと警察手帳を捲って話を続ける。
「死体は雛見沢と興宮を結ぶ道路にある土手の方に転がってました。 いやはや、昨日の今日まで見つからなかったのが不思議ですなぁ」

 やはり、富竹は殺された。
 これは予想できたことだ。ならば、鷹野も。

「鷹野も・・・入江診療所の鷹野はどうなったのですか?」
 私は知ってはいるけど一応確認のために聞いてみた。
「鷹野さんは昨日の晩から行方不明になってます。これで実質、4人の人間がオヤシロ様の崇りに遭ったことになりますな」
 大石の顔が醜悪に笑う。
「大石、良い話は何なのですか?」
「おやおや、こちらが本命ですかな? んっふっふ! 実はですね、詳しい検査の結果、後原ひかりさんの死体は偽装されたモノだと言うことがわかりました」
「本当なのですか!?」
 私は思わず声を荒げてしまった。らしくない。興奮している。だけど、これが興奮せずにいられようか!
「ええ、本当です。入江先生がかなり詳しく調べてくれまして。まぁ詳しいことは私も説明できませんし、言っても古手さんには解り難いでしょう」
 説明なんかこの際どうでもよかった。
 ひかりが生きている。それだけで充分―――――
「しかしですね、依然として後原兄妹が消えたと言う事実は変わりません」
 でもない。ひかりが生きていると言うことは解ったが、それは可能性に過ぎない。ならば、浩二とひかりはどこに行ったのか?


 そろそろ、日が暮れる。
 早く帰らないと、好い加減羽入が退屈・・・・・・はしないか。沙都子がいるんだし。
 けれどあまり遅くなってもあれだ。今日の事を、羽入に伝えないといけないし。

「そろそろボクは帰るのですよ。大石、またなのです」
「なっはっは! 悪いですねぇ長い時間引き止めてしまって。また何かありましたらよろしくお願いしますよ」
 大石はそう言うとエンジンを掛け、車を発進させた。

 私もそろそろ帰らないと。
 赤い赤い夕焼けの空、ひぐらしの鳴き声を聴きながら私は家路に着いた。