第5話「クライミライ」



 綿流しまで、あと2日を切った。
 つまり、あと5日で惨劇の幕があがる。
 それまでになんとかして、せめてあの二人だけでも興宮に住まわせなければならない。
 入江は定期健康診断だと偽って連れてくれば良いでしょう、と言っていたが、どう話を切り出したら良いのか、私は悩んでいた。
「取り敢えず・・・単刀直入に言うしかないわね」
 私は意を決すると、口を開いた。

 因みに今は昼休み。部活メンバーと仲良く食事中である。
 羽入はと言うと皆のお弁当を美味しそうに眺め、ちゃっかり少しずつ頂いていたりした。

「浩二、ひかり。少し話があるのですが、良いですか?」
 弁当争奪の騒ぎの中、浩二は魅ぃの弁当に箸を伸ばしていた手を止め、
 そしてひかりは圭一の弁当に箸を伸ばしていた手を止め、ほぼ同時に振り返った。
「何、梨花ちゃん?」
「放課後、時間あるですか? 入江のところによって欲しいのです」
 羽入が笑顔から一転して真面目な、それでいて少し不安な、そして何かを願うような表情をする。
「んー・・・入江って、入江診療所の?」
「はいなのです」
「ああ、それなら実は今日の放課後寄ろうと思ってたんだよ」
「え」
 羽入の顔が少しだけ笑顔になった。
「実はさ、ひかりがどうも朝から調子悪いらしくてさ。今もこうして無理して学校来てんだわこいつ」
 言って、浩二はひかりの頭をこつんと小突いた。
「いたっ、 もうお兄ちゃん、何するのよー!」
「それなら今すぐにでも監督の所に行った方が良いんじゃないかな、かな?」
「そうだね、先生には私から言っておくから、早く診てもらった方がいいよ」
 それまでのやり取りを見ていたレナと魅音がそう提案した。私としても特に反対は無しだ。
 羽入としても、特に問題は無いようだった。寧ろ僥倖と言って良いだろう。
「そうだな、そうするか」
「ごめんね、皆・・・・・・」
「気にすることありませんわ。調子が悪いのは仕方ないことですもの」
「そうそう。気分悪いなら無理することは無いぜ!」
 圭一と沙都子もひかりを励ます。本当に、良い仲間達だ。
「それに、本調子じゃないひかりに勝っても嬉しくないしね。ライバルとしては、万全の体制で勝利したいわけだ!」
 魅音はどうもあの水鉄砲試合以降、ひかりをライバルとして認識していた。
「私だって、負けませんよ」
 魅音とひかりの勝負はほぼ5分5分と言ったところだった。
 水鉄砲ではひかりが勝ち(正確には浩二とペアだったが)、トランプ勝負では魅音が勝ち、囲碁ではひかりが勝ち、と言った具合だ。
 どうもひかりは戦略を練る勝負に関しては頗る頭脳を発揮するようだった。
 相手の取る行動、知略、戦略を想定し、そこから2重3重とありえない展開を想像し、さらに相手の心理を読み取り、そこから自分の作戦を立てて行く。
「くそー! 魅音のライバルは俺だったはずなんだが、いつのまにか抜かれた感じがするなぁ!」
 圭一が少し悔しそうに言った。しかし、圭一にはレナと言うライバルがいるでは無いか。
「圭ちゃんも勿論ライバルだよ! まぁ、部活メンバーにとっては誰と誰がライバルか、と言うより、部活メンバー全員がライバルだけどねぇ・・・くっくっ く!」
 皆が「ああ、確かに」と言う感じで頷いていた。


 そしてひかりと浩二はそのまま入江のところに行くため早退となった。
 知恵には委員長である魅音の口からその旨を伝えられた。
 

 そして放課後。後原兄妹がいない中で、私達は部活と言うことになったのだが・・・・。
 途中知恵に入江から電話があると呼ばれ、私は職員室に入り、電話を取った。

「みー☆、お電話代わったなのですよー。入江、どうしましたですか?」
『ああ古手さん。丁度あなたにお話したい事がありまして、失礼かと思いましたが学校の方に連絡させて貰いました」
「気にしなくても良いのです。それで、お話ってなんですか?」
『電話で話すには少しあれですので・・・今から診療所の方に来られますか? 後原さんのご家族の方も一緒ですが』
「それは別に問題ないですよー。解ったのです。今からそっちに向かいますです」
『ありがとうございます。それではこれで失礼しますね』
「はいなのです」
 言って入江が受話器を置くのとほぼ同時に私は電話を切った。
 入江の言う話・・・・・・恐らくは雛見沢症候群に関することだろう。
 家族も来ている・・・ということはまさか、かなり病状が進んでいるのだろうか。
 今職員室には知恵がいる。流石にここで話せることではなかったので、私は敢えて「問題無い」と言ったのだ。
 私は挨拶をして職員室を後にし、そのまま病院へと向かった。


「―――――あ、皆に言うの忘れた」
 仕方無い、後で事情を話せばわかってもらえるだろう。
 もっとも、少し嘘を吐いてしまうことになるのだが。



 
 

 *





 診療所に辿り着いた。
 受付のナースに話を通すとすんなり私は入江のいる院長室へと招かれた。
 蝶番のドアを開け、私は中に入る。
「お待ちしてました。古手さん」
 中にいたのは入江だけだった。電話では浩二とひかりの家族もいたと言っていたようだけど。
「入江、浩二とひかりの家族が来ているとか言ってなかったですか?」
「ええ、ご家族の方には先に説明しておきました。 勿論、雛見沢症候群のことは伏せて、です」
 言うと入江は足を組みなおし、カルテと思われる紙を一枚取り出した。
 英語だかドイツ語だかわからない外国の文字が書かれている。正直、私に読める訳が無い。
「みー、ミミズさんがいっぱいなのですよー」
「あっはっは! 確かにそうですね〜。 と、笑っていられる状況ではないんです」
 入江が普段のおちゃらけた感じとは違う真面目な顔つきになったので、私もそれ以上は茶化さなかった。
「入江、もしかして・・・」
 私は最悪の想像をした。もし、浩二かひかり、二人のどちらかがLv3以上だと言うのなら・・・。
「ああ、ご安心ください。後原さんご兄妹は、ご家族ともにLv1でした。心配はありません」
「入江、それならどうして表情が暗いのですか・・・・・・?」
「これは・・・ご家族の方には先にお話したのですが・・・後原ひかりさんのことです」
「ひかりの?」
 私は少しだけ怪訝な表情をした。
「ひかりさんは”感染性心内膜炎”と言う病に冒されていることが解りました」
 
 『感染性心内膜炎』・・・?

「入江、それはどう言う病気なのですか?」
「簡単に言いますと・・・・・・感染性心内膜炎には細菌性心内膜炎、急性心内膜炎、亜急性心内膜炎などがあり、心臓の内膜が感染を起こした状態で、命にか かわる大変危険な病気です。
 幸いひかりさんの場合は細菌性心内膜炎ですが、発見がかなり遅れているため、少し危険な状態なんです」
 言って入江はもう一枚のカルテを取り、説明を続ける。
「感染性心内膜炎の症状の出現の仕方によって亜急性と急性の2種類がありまして、亜急性の場合が多いのです。ひかりさんの場合もこれに当て嵌まります。亜 急性型では、他の症状が現れるまで数週から数か月にわたって毎日発熱が起こります。ひかりさんは過去にも一度、熱を出して倒れたことがありますね」
 それは私も知っている。浩二とひかりの、心を繋ぐきっかけとなった「熱」。然し私は知らないふりをして適当に返事をした。
 いや、正直そうするしかなかった。だって、入江の説明はまるでちんぷんかんぷんだったからだ。
「入江、回りくどい説明は良いのです。ひかりは・・・ひかりは助かるのですか?」
 私が訊くと、入江は途端に黙りこんだ。その間数十秒・・・いや、数分だっただろうか。 兎に角、入江の沈黙がやたら長く感じられた。
 暫くすると入江は意を決したように、話しはじめた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ひかりさんは・・・・・・・・・・・・ほぼ、間違い無く死ぬでしょう」




 私は一瞬、入江を本気で殴ろうと思った。
 だって、入江は人を助ける仕事に着いている。医者だ。その医者が、間違いなく死ぬなんて、口にして良いのか?
 だってひかりはあんなに笑っているのに、どうしてそんなことが言えるのか。
 もしかしたら入江は私をからかうために嘘を吐いているのかもしれない。そう、信じたかった。信じるしかなかった。



「入江・・・嘘を吐くとボク怒りますですよ」
「嘘だったら、どんなによかったか。勿論、このまま終わらせるわけありません。一度ひかりさんを興宮の病院に入院させます」
「入院・・・ですか?」
「ええ。感染性心内膜炎の治療法は抗生物質を点滴投与することですから。心内膜あるいは心臓弁から病原体を排除するには、長期間の多量の抗微生物剤治療が 必要となります。その為の入院です。しかし、発見が遅れた為、少し難しい状況ではありますが」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「勿論、ご家族の方も了承されての入院です。 学校の皆さんには古手さんの口から伝えて欲しいのです」
 
 入江も嫌な役を私にやらせようとする。
 そんなこと、私がみんなの前で言えるとでも思っているのか。
 特に、ひかりの未来を誰よりも願っている、あの子に。
 ひかりが興宮に入院する。恐らく浩二や・・・浩二とひかりの父と母も付き添うだろう。
 そう、これならあの家族は大災害に巻き込まれることは無い。
 だけど、ひかりだけは助からないのだ。
 
「入江・・・・・・・・・ひかりを、助けて欲しいのです」
 けど、だからと言って諦めてなるものか。
 私が出来るのは何も無い。ただ願うだけ。そして、入江に託すことだけだった。
「勿論です。ひかりさんは絶対に、完治して見せます」
 そう、入江は力強く、そしてこれ以上に無い凛々しい眼差しでそう言った。






 その帰り。
 私は今日のことを、皆には話そうと決めた。
 けれど、羽入には話せない。あの子にとっては、残酷すぎる。
 だから、羽入のいない間に、皆と話をあわせるしかないようだ。

 ふと、私の頭に疑問が沸いた。
 本当に唐突だ。どうしてこんな疑問が湧いたのだろう。
 その疑問とは・・・・・・


「羽入はどうして・・・・・・・大災害のことを知ってる?」
 そもそも、大災害とは何だろう。そして羽入は何故、浩二とひかりの死を知った?
 あの子は兄妹を助けたいと願っている。だけど、私や、他の部活メンバーはどうなっても良いのか?
 次々に、疑問が滝のように流れてくる。
 羽入が何故、あそこまで後原兄妹に拘るのかは解らない。だけど、私も浩二とひかりには幸せになって欲しいと思っている。


 けれど・・・羽入は―――――――


「浩二とひかりが無事なら・・・他の人はどうなっても良いって言うの? ――――――羽入」




 私のそんな疑問は・・・ひぐらしの鳴き声に掻き消された。