第3話「今、僕に出来ること」



 梨花と沙都子は古手神社の防災倉庫の2階を改造した所に住んでいる。
 決して快適とは言えないが、それでも二人にとっては大切な場所だ。
「ところで・・・・・・」
 先頭を歩いていた沙都子が立ち止まると、後ろを振り返って、
「羽入さんの家はどこですの?」
 と、訊いてきた。
「羽入も、ボクたちと同じ家に住んでいるのですよ」
 梨花が何の迷いもなくそう答えた。
 確かに間違ってはいない。
 沙都子や他の皆には僕の姿が見えない世界でも、僕はずっとここにいた。
 けど、そう思っているのは僕と、僕の姿が見える梨花だけ。
 僕の姿が見えなかった者にとっては、「初めまして」になるのだから。
「あら、そうなんでしたの? どうして今まで気が付かなかったんでしょう・・・」
「梨花・・・・・・。ここは『今日から羽入も僕たちと同じ家に暮らすのですよ』と言った方がよかったんじゃ無いですか?」
「あ・・・・・・」
 ここに来て梨花は自分の言った失言に顔を曇らせた。

 けど、沙都子は、そんな梨花の曇り顔を吹き飛ばすかのように、僕の在住を認めた。




「待っててくださいまし。すぐに晩御飯の用意をいたしますわ」
 そう言うと沙都子はエプロンを付け、台所へと向かった。
 僕と梨花はテーブルに着き、わくわくしている。
「わくわくしているのは羽入だけでしょ」
 梨花が微笑気味に呟いた。
「だってだって、沙都子の手料理は美味しいのですよ〜♪」
「そうね。それは私も同じ気持ちよ」
 沙都子の料理の腕前は格段に進歩している。
 この前の野菜炒めなんか、味付けが抜群によかった。
「羽入」
 梨花が、いきなり真面目な声で僕を呼んだ。
 きっちりと正座し、真っ直ぐな瞳で僕を見ている。
「羽入。あなた、あの兄妹を大災害から守るって言ったけど、どうするの?」
 梨花の質問に、僕はやや視線を泳がせながら答える。
「えっと・・・まだどうすれば良いのかわからないのですよ・・・・・・ぁぅぁぅ」
 そんな僕の答えに、梨花は呆れるでもなく言う。
「そうね・・・私もどうすれば良いのか解りかねない」
「大災害を止める・・・ってのはどうですか?」
 しかし梨花は溜息一つ。
「あのね。自然災害をどうやって止めるって言うのよ」
「ぁぅぁぅぁぅ。やっぱりダメですよね・・・・・・」
「そうね・・・・・・後原家族を引越しさせるしか無いのかしら」
「けど、雛見沢症候群の影響が出るから、雛見沢から離れられないのですよ」
「レベルによっては雛見沢に近い興宮でも大丈夫かも知れないわ」
「確かにあそこなら大災害の影響も受けないですが・・・・・・あの家族が雛見沢症候群に感染しているかどうか、どうやって調べるですか?」
「それは大丈夫よ。入江に診てもらうから」
 台所からある独特の匂いが伝わってくる。どうやら今晩はカレーのようだ。
「入江ですか、なるほどです。けど、どうやってあの家族を入江診療所に連れて行くですか?」
「そうね、取り敢えず明日、入江に相談しましょう。どの道彼にも話を合わさないといけないわ」
「大災害のこと、話すですか?」
「その件は伏せておきましょう。どうにかして、診察だけでもしてもらわないと」
 梨花の言葉に、僕はこくんと頷いた。

「一体何の話をしてましたの?」
 台所から沙都子が顔を出し、食器を並べながら訊いてきた。
「みぃ〜☆ なんでもないのですよ。沙都子、ボクも手伝うのです」
「それなら御飯装ってくださいませ」
「了解なのですよ〜♪」
 梨花はびしっと敬礼みたいなポーズを取ると、しゃもじを受け取って炊飯器からほかほかの御飯を取り出し、食器に装っていく。
 御飯の上から沙都子がカレーを垂らして入れていく。
 3人分の用意が出来、それぞれ手を合わせ、いただきますをした。
「もぐもぐ・・・ん〜〜〜! さ・・・こほん。このカレー美味しいのです♪」
 僕は『沙都子の料理はいつ食べても美味しいのです』と言いかけてなんとか止めた。
「あら、それはありがとうございますですわ♪」
 誉められて嬉しいのか、沙都子は得意そうな顔つきをする。沙都子は可愛いのです。
「にぱ〜☆ けど、初めてカレーを作った時はどろどろのぐちゃぐちゃで失敗だったのですよ。みぃ」
「りりり、梨花ぁ〜〜〜っ!」
 さっきとは打って変わって慌てふためく沙都子。うん、やっぱり可愛いのです。
「羽入さんも笑わないでくださいませ〜!」
「ぁぅぁぅぁぅ、ごめんなさいなのですよ」

 こうして、楽しい食事の時間は過ぎていく。
 僕はこの後、沙都子や梨花と今日の部活のことやトランプなどをしてその日を過ごした・・・・・・。





 ―――次の日。
 私は入江診療所を訪れた。
「入江先生ですか? 少々お待ちください」
 私は受け付けにいた看護婦に入江先生を呼ぶよう頼んだ。
 私はここ、入江診療所では割と常連である。
「お待たせしました古手さん。どうしました? もしかして、沙都子ちゃんに何か――」
 奥の方から白衣を着た眼鏡の医師、入江京介が顔を出した。
 まだ若いながらもこの病院の院長を勤める凄い人だ。
「いえ、今日は沙都子のことでは無いのです。入江に頼みがあって来たのですよ」
「そうですか、取り敢えずこちらへ。立ち話もなんでしょうから」
 そう言うと入江は奥の診察室へと私を促した。
 



 同時刻 雛見沢村分校

「え、じゃあ梨花ちゃんは入江診療所に行ってるんだ?」
 どうして梨花がいないのか、そう訊かれた皆から質問された僕はそう答えた。
「ええ、なんでも大事な用とかで。午後から来るそうですわ」
 沙都子は普段、梨花と一緒に登校している。だから梨花がいない理由も知っているのだ。
「梨花ちゃん、入江先生に何の用だろうね・・・」
 レナがどことなく心配そうな表情で疑問を口にする。
 

 梨花が入江診療所に行った理由、それは一つ。
 浩二とひかりが、雛見沢症候群に感染していないか調べるため。

 だけど、雛見沢症候群については極秘。
 だから、事前に入江と話を合わせておく必要があるのだ。
 僕のやることは今はない。
 入江診療所に行くことを進めてその理由を訊かれても、僕は答えられない。
 いや、それどころかボロを出してしまう可能性もある。
 梨花が入江と話を決め、そして梨花が浩二とひかりを入江診療所に連れて行く。
 正直、僕は何もしてないのです・・・ぁぅぁぅぁぅ。

「大丈夫なのですよ。梨花と入江は仲が良いから、きっと世間話しているのですよ」
「へぇ〜、学校サボってまで世間話とはねぇ〜」
 魅音がにやにや笑いで言ってくる。う、少し無理があったですか・・・・・・。
「ま、良いじゃねぇか。監督は悪い人じゃないから、きっと大丈夫だろ。午後には戻ってくるんだろ、羽入?」
 圭一の質問に、僕は頷き一つで答えた。








「あの兄妹を・・・・・・ですか」
 私の話を聞き終えた入江は、何か考えるような表情でそう呟いた。
「どうして、あの二人を興宮に引越しさせたいのですか? と訊いたら、困りますか?」
「みぃ・・・・・・言っても信じてくれないのですよ」
 綿流しから三日後、鬼ヶ淵沼から発生した火山ガスによって雛見沢村が全滅する通称「雛見沢大災害」の話をしても、すぐには信じられないでしょう。
「兎に角、あの二人が『雛見沢症候群』に感染していないかどうか、調べて欲しいのです」
「そうですね・・・・・・古手さんには何かとお世話になってますし」
「はいなのです。ところで入江、質問なのですが」
「なんでしょう?」
「もし症候群に感染してるとして・・・・・・どのくらいのレベルまでなら、雛見沢を離れても大丈夫なのですか?」
「そうですね・・・・・・」
 入江は机の上に置いてあった資料らしきものを取り、パラパラとページをめくっていく。
「Lvに関係無く、興宮市までなら問題は無いでしょう。ただし、Lv4以上となると別ですが」
「それなら安心したのです」
 
 あとの問題はあの兄妹、いや後原家族をどうやって入江診療所に連れていくか・・・だが。

「そうですね、普通に定期健康診断だとでも偽って連れて行けば良いでしょう」
「みぃ、医者が人を騙そうとしているのです。悪い子悪い子なのですよ〜」
 私がそう言ってふざける。けど、入江は笑うことなく真面目な顔で言う。
「これも、少しでも『雛見沢症候群』の感染者を防ぐためですから」
「入江・・・・・・・・・」
「さ、古手さん。そろそろ学校に行かないと拙いのでは? 午前中休んで来たんでしょう?」
「解ったのです。入江、また後でなのですよ。あの二人には私から言っておくのです」
 私は椅子から立ち上がり、ドアへと向かう。
「・・・・・・・・・では、ばいばいなのですよ」
 ガチャリとドアノブを回して開け、ボクは診察室を後にした。




 入江との話はついた。
 後はあの家族、せめて兄妹だけでも入江診療所に連れて行かなければ。



 今日は6月16日。綿流しまであと3日――――。