孫の将来についての傾向と対策
その日、シェゾはいつも入り浸る魔女の店ではなく、その祖母に当たるウィッシュの塔を訪ねていた。
この男の訪問はいつも誰に対しても突然で、人の都合などお構いなしでマナーの欠片もないのだが
ウィッシュのほうもそれを理解していたし、何より自分と孫娘の恩人の訪問とあらば嫌な顔をするはずもなく、
喜んで塔の中へ招き入れた。
「お久しぶりですね。貴方が来るといつも悪いことが起こる気がするのですが、思い過ごしでしょうか?」
「人を招き入れておいてそのセリフかよ。相変わらず不意打ちが得意のようだな。」
「ふふ…で、今日はどんな御用ですか?」
ウィッシュに差し出された紅茶を念のため警戒しながら口に含み、飲み込んでからシェゾが口を開く。
「あんたの孫の使いっぱしりさ。あんたの書庫にある錬金術の本を貸して欲しいんだと。確か結晶の純度がどうとか言ってたな。」
「あるにはありますけど、あの子ったら錬金術にまで手を出しちゃったのね…扱いを誤ると大変だというのに。」
半ば呆れ顔でつぶやくウィッシュに目もくれずにシェゾが茶菓子を放り込む。
「本当に学習意欲のあるヤツは教えなくても学んでいくもんさ。『親はなくとも子は育つ』っていうだろ?」
「例えが違う気がしないでもないですが、確かにその通りですね。で、それでなんで貴方が借りに来てるんです?」
シェゾはその言葉の意味を即座に理解した。
要するに礼として本人が借りに来るべきであり(貸すかどうかは別にして)、ましてや師が教えていない術ならば
その運用に際して十分な講義を受けに来るべきだとウィッシュは言いたいのだ(教えるかどうかも別にして)。
その意味を理解してもシェゾに大した動揺はない。
「そりゃあ、あんたのことだ。ウィッチ本人が仮に頼みに来たって貸さないだろ?『扱いを誤ると大変』ってんならな。」
「ええ、まぁ。」
「だから、俺が来た。この意味わかるよな?」
「……あの子もだいぶ悪知恵が働くようになりましたね。」
「何言ってる、前から相当腹黒いぜ、あいつは。」
シェゾの言葉には二つの意味が含まれていた。
一つは、孫のウィッチでさえ借りられないならシェゾをという恩人の頼みにすること。
もう一つは監督兼助手としてシェゾがいること。
「確かに、『貴方の』頼みなら断るわけにもいきませんね…」
ウィッシュは苦笑する。
助手にシェゾがいるとはいえ彼も錬金術はウィッチ以下のド素人。何の保険にもならない。
何より錬金術自体禁忌とされている風習もあり、ウィッシュとてまともに扱えるわけではない。
しかし恩人としての頼みなら無下に断るわけにもいかない。
「仕方ありません、本は貴方に貸しましょう。くれぐれも危険な実験はしないように、と伝えてください。」
「今回ばかりはあんたの負けだったな。孫に一本取られた気分はどうだ?」
ウィッシュは更に苦笑した。
質問に答えなかった代わりに、ウィッシュは再びシェゾに問う。
「でも、何で貴方が?」
今度は違う意味なのはシェゾも理解する。
「…あいつに金借りててな。店番やらされてんだよ。かれこれ一月になるな。」
「貴方なんかに貸すほどのお金があるなんて、相当溜め込んだのね。で、いくら?」
「総額は恐ろしくて数えてられないぜ。今は借金諸々差し引いて日給10Gだから、一生働いても全額返済して自分の財産なんか
できやしないかもしれねぇな。」
軽くシェゾが言う。
が、シェゾの性格を考えるとあながち大袈裟な話でもないかもしれない、とウィッシュは思う。
「放蕩もほどほどにね。」
「うるせ。」
「…しかし、貴方が店番…ねぇ…。」
ふと、ウィッシュが何かに気付いたような笑みを浮かべた。
「何だよ、いい歳こいてニヤニヤして。」
「単刀直入に聞きますか。あの娘は、どうでした?」
その問いにシェゾの表情が微かに変わったのをウィッシュは見逃さない。
「…あいつは、危ないな。」
「…は?」
「さっきの錬金術の話に戻るが、あいつは人一倍好奇心が強いんだろうな。
ありゃまるで新しいおもちゃを手に入れた子供のようだ。」
―わかります?この技術があれば、魔力のない人でも魔法を使えるんですの!
「だから、手に入れた全ての力や技術を、無責任に行使しようとする。」
―だから、一回試してみたいんですのよ。貴方の、あの魔法を。
「あんたら魔女は光と闇の間で揺れる稀有な術士と聞くが」
―面白いと思いませんこと?この技術が広まれば。
「あいつの好奇心は、どっちかっつーと闇に近い。」
―ファイヤーからアレイアードのような古代魔法まで、全ての人が持てる。
「普段は借金だ何だとうるさいが、あいつの本質は秩序というものを知らない。」
気付けば、シェゾの顔が真顔になっている。
普段はのらりくらりとしているようで、ウィッチの本質を完全に見抜いていたようだ。
「あいつはこのままいけばきっと、闇に堕ちるかもな。」
「…貴方のように?」
「馬鹿言え、100年経っても俺みたいになれやしねえよ。」
もっとも、とシェゾが付け加える。
「あいつだって別に好き好んで悪党になりたいわけじゃないだろうよ。
自分の技術がもたらす結果を見てみたい好奇心だけなんだろ?例えそれが災厄だったとしても、結果の一つに過ぎないわけだしな。」
「あの子自体は、純粋そのものと?」
「人を借金で脅したり薬漬けにしようとするヤツを純粋と思いたくはねぇが、好奇心の塊を言い換えればそうなるかもな。
あいつ自身が災厄を望んでるわけじゃなかろうよ。
それに、その動機があってこその才能だ。あんまり悪いもんじゃないぜ。」
最後に「筋はいいからな」、と付け加えるとすっかり冷めた紅茶をクイッと一口含んだ。
「そうね、貴方も好んで悪党になりたかったわけじゃないものね。」
「ゲッホ!!!…阿呆、俺は根っからの悪党だろ。見てわかるだろう常識的に考えて。」
「貴方が悪党なら魔力なんか返さずトンズラしてたと思うんですけどねぇ。それとも魔力を返したウィッチと私は特別なのかしら?」
「…特別っちゃぁ特別か。あんたらの魔力は特殊で御し難い。特にウィッチのはまだ型が決まってない分不安定なんだよな。
あいつの才能と合わせて化けるぜ、きっと。」
ウィッシュは三度苦笑した。
そんなことはシェゾに言われるまでもなくわかっていたことだ。
とはいえシェゾほどの魔導師にお墨付きを貰ったのだから師として悪い気はしないが、聞きたかったのはそれではない。
それを思うと同時に呆れた様にため息をつく。
「この答えじゃ不満か?」
「闇の魔導師としての答えなら大満足です。でも私が聞きたいのは、シェゾ・ウィグィィとしての答えですけど。」
「…どういう意味だ?」
「あのねぇ…貴方こういうことになるとからっきしですねー。」
「わかるように説明しろよ。」
「いーですか?貴方がウィッチの店で働いてるとするなら、貴方の性格上律儀に毎朝出勤なんてするわけないでしょう?
そしたら当然住み込みで働くことになるわけじゃないですか。寝食世話になって借金も返せるという最高の環境ですよね。」
「確かにそうだが、それがどうかしたか?」
「だから、男女が一月も一つ屋根の下に住み込んで、何もなかったと言い張るつもりですか?」
「んなっ…!」
「どこまで行きました?まぁ最後までいってても全然構わないんですけどね。」
「お、お前なぁ…」
「ハイハイ貴方にこんな下世話な話を聞こうとした私が悪うございました。」
あまりにも鈍いシェゾの反応にウィッシュは心底呆れてため息を吐いた。
最初はちょっとからかってやろうと思って言ってやったのにここまで鈍いとは予想外だったのだ。
逆に焚き付けたウィッシュのほうが疲れてしまい、聞かなくてもこの後の答えは大体わかっていた。
…はずだったのだが。
なにやらシェゾが口ごもっている。心なしかばつが悪そうだ。
「その…なんだ…なんと言えばいいのやら…」
「?」
「やっぱり、責任は取らなきゃダメなんだろうか?」
「はぁ!?」
「いや、3日前ほどなんだが、俺が薬ひっくり返してな…あいつに全部ぶちまけちまったんだよな。
んで、あいつすげぇ怒って、罰として洗濯とあいつの背中流しと洗髪やらされたんだわ。借金も増やされてな。」
「背中、流し…」
「怒ってたから事の重大さに気付いてなかったんだろうなー。いまさら目隠ししろって言われても無理だしよ。
てんやわんやであいつがバスタオル巻いて風呂から出てきたときに真っ赤になっちまってよ。」
「ばすたおる…」
「まぁ、そのなんだ、俺も背中やらなにやら見てたから…そのままふらふらと…
でも、今思えばあの背中流しと洗髪は全部計算ずくだったのかもと思える気がするんだよな…」
「なんてこと…」
どうせ戦いや魔法は一流でも色事には疎いシェゾのこと。
ウィッチと関係を持つことはおろか、例え本気に好意を持っていたとしても自分から手を出すなど無理な性格だと思っていたのに。
そもそも自身が好意を持っていることすら気付いていない、ということも十二分にありえると考えて焚き付けたというのに。
あえて孫の将来のためにもシェゾという男の心境を推し量るつもりでウィッチを意識させるような質問を仕掛けたというのに。
まさか行く所まで行ってしまっていたと見抜くことが出来なかったとは。
『最後までいってても構わない』なんてのはもちろんハッタリであるわけで、十代半ばにして自分より年上の男(中身は孫とどっこいどっこいだが)との
将来が確定してしまうとは夢にも思わず、自分の魂が体から抜けていくような感覚をウィッシュは味わっていた。
「んなわけねーだろ馬鹿」
「そうんなわけねー…って?え?」
「いつもいつもこの手の話題に疎いと思ってんじゃねーぜ!馬鹿にしてんじゃねーぞ。」
会心の笑みを浮かべるシェゾ。
この話はウソなのだ。それは間違いないとして。
それでもウィッシュの頭から疑念は消えなかった。
問題は『この手の話題に疎くなくなった』シェゾ。以前の彼がこんな冗談を言うことはまずないと断言していいだろう。
ということは、疎くなくなった原因は確実に自分の孫娘が関係している。
それがどういう形で関係しているのかは流石に聞く勇気はなかった。
考えれば考えるほど頭が痛くなる。
そもそもウィッシュはシェゾ・ウィグィィ個人の気持ち程度を聞ければそれで彼をからかうに十分だと思っていたのだが。
結局これ以上は墓穴を掘るだけと判断したのか話題をそらすことにした。
「…で、ウィッチは結局その錬金術の本で何をしようとしているのですか?」
「何でも、魔法の固体化だか結晶化だからしいな。マナフォー…とかなんとか言うらしいが、簡単に言えば
魔導師じゃなくてもいろんな魔法を使えるようになる技術らしい。そのために錬金術の結晶抽出法が必要なんだとさ。」
話題をそらされたことをさほど気にかけず、ウィッチの受け売りをそのまま答えた。
「それが実現すれば、確かに素晴らしいですが…ウィッチは理解しているのでしょうか、その意味を。」
「全部わかってるだろ。あいつは俺より頭がいいからな。ま、あいつにとっちゃ結果の一つでしかないんだろうよ。」
「新たな技術を生み出すことの責任とプレッシャーも、理解してくれていれば良いんですけどね。」
「いずれ気付くだろうよ。…先人に出来てあいつにできないわけがない。」
「随分高く評価してるんですね?師の私以上に贔屓目だわ。」
「正当な評価のつもりだが。」
「…最後に一ついいですか?」
「あ?」
「その技術がもたらす物が、さっき言った様な災厄や戦乱なら、私はあの子を一族として討つことになるでしょう。
それが私の責任だからです。あの子が闇に堕ちたらきっとそうなってしまうでしょう。」
「…そうかもしれねぇな。」
「それどころか世界中を敵に回すこともありえるでしょう。でも、万が一私が情に絆され、討ち損じたら、その役割を、貴方が継いでくれますか?」
ウィッシュのシェゾを見る目がその責任の重さを物語る。
彼女がいつまでもウィッチを一人前扱いしないのはまさにその点にあるのだ。
扱い方や秩序を知らぬ者に与えた力はただの凶器でしかない。
ウィッシュはじっと見つめてシェゾの答えを待った。
「俺を誰だと思ってる?俺は、闇の魔導師だぜ。」
その答えにウィッシュは本日四度目の苦笑いをする羽目になった。
今度ばかりは真意が読めないのだ。
『闇に堕ちたウィッチを守る』のか『この世に二人の闇の魔導師は要らない』のか、
はたまた『自分がいる限りそうはならない』のか、それ以外なのか。
これ以上聞いても答えそうにないと判断したウィッシュはそのまま流すしか術はなかった。
「ふふ、そうでしたね。…なんとも頼もしいことです。」
そういうとウィッシュはシェゾに小さな鍵を投げて渡した。
「それは地下書庫の鍵です。本はそこにありますから適当に探して持って行って下さい。」
「おう、すまねえな。」
「私は少し休みます。貴方の悪い冗談で具合が悪くなってきました。」
「よせよ、今更年寄りぶってんじゃないぜ。」
「とにかく、これからも当分店番が続くんでしょうから、あの娘のこと、よろしく頼みますね。くれぐれも変な事しないように。」
「さっき最後まで行ってても構わないって言ったの誰だ?…それに、もう遅いかもな。」
「んなっ…!」
「冗談だ冗談。じゃあな、本は借りてくぞ。」
「全く…」
階段を下りていくシェゾの姿が見えなくなってからウィッシュはふー、とため息をついた。
この僅か10分少々でだいぶ疲れたように思う。
それもそうだろう、今日一日で問題が山積みになってしまったのだ。
ウィッチの新技術問題、貞操問題、シェゾの借金によるウィッチの財産の問題など、
どれも孫の将来を憂うには一つでも十分すぎる内容であった。
「でもまぁ…」
例えどう転んでもウィッチなら幸せになんとかやっていけるだろう、と半ば思考放棄に近い結論を勝手に出し、
シェゾがいなくなったあと一人で午後のひと時をのんびりすることに決めたウィッシュであった。
あとがき
遅くなりましたナギと申します。たまにはウィッチたんが出てこないシェウィをと思って書かせていただきました。
今回人様のアンソロということでいつものフォント遊びを自重しようと思ったらいつの間にかギャグ抜きになりました。
店番ネタはウチのほうのサイトで出す予定です。あとアレだ、魔法結晶化の元ネタについては深く追求しないでください。バレバレだけど。
持論ですがウィッチたんにはシェゾみたいな危うさがあると思うのですよ。
ある種の狂気に似た好奇心が少しでも心の奥底にあったほうがエr…可愛くていい。うん。
ダークウィッチになったらシェゾと組んで陽気な悪党やって欲しい。
ここまで読んでくださった皆様、駄作を乗っけてくださった時雨様、本当にありがとうございましたー。
------------------------------
主催者より
アップが大変遅くなりまして申し訳ありません。
何もかもを見透かしているようなウィッシュですが、今回はシェゾに一本取られたという感じですね。
場面を想像しながらじっくり読ませて頂きましたが、上記のシーンはとても微笑ましくていいなぁ・・・と思いました。
ウィッチが出て来なくても、これぞ正にシェウィ!!!という作品を書けるナギ様を尊敬します><
近い未来(?)、2人で陽気な悪党やってほしいです☆
素敵な作品をどうもありがとうございました!!!