Spring / Snow.wind
吐く息が白くなる毎日。この頃は寒さが増していき、冬の景色が広がっていく日々が続いた。時々暖かい陽の光が差してきても、なかなか寒さは変わらない。
何か行事でも無い限り、外に出る人々はほとんどおらず、街は静かでどこか淋しさを感じさせる。
「冬ってなんでこんなにも寒いんですの…。これじゃあ、冬の間ずっと、私のお店は商売あがったりですわ!!」
街の片隅にある、見習い魔女ウィッチのお店。ここは魔法に必要な物を売っている。
普段なら、近所の魔導学校の生徒がよくやってくるお店なのだが、最近は学校が休みで暇になったせいか、いつもガラリとしていて寂れてしまっているかのよう。
高飛車な性格のせいか、この状況から受けるダメージがかなり大きかった。普段ならこんなに静かになる事は滅多に無いからである。
そのおかげで普段過ごす時間が殺風景になってしまった。お客さんが来ないというだけで。
朝の寒い空気に触れて、眠気が残っているまま、、暖炉に焔を入れて部屋を温めて、朝ご飯を食べる。起きる時間が遅くなる事もたまにあるから、気が付くともうお昼になってしまう事もある。
気が付けば、ウィッチはそんな退屈な日々を過ごしていた…。
静かなのは好きですけど、こんな極端に淋しくなってしまうなんて、ウィッチにはかなり辛い。
外の冷たい風に当たるのは誰だって好きじゃないし。私だって好きじゃないですもの…。だからこそ何かをするべきなんでしょうけど、一体どうすれば良いの…?
こんな時、誰かが来てくれると人はみんな嬉しくなるもの。
心が暖かくなって淋しさなんて何処かへ消えるはずと誰もがそう思うだろう。きっと暖炉の焔よりも優しくて暖かいものを感じられる。
ウィッチはここ最近、アルル達やお客さんに会うことが無かった。
誰かお客さんが来たとしても、会話やおしゃべりのようなものはほとんど無く、お店で必ず聞く決まり文句程度のことぐらいしか話していなかった。
…近頃の自分を振り返ると、更に淋しさを感じさせて、何だか悲しくなってしまう。ひとりでいる事がそれを強めているようにも思えてしまうほどに。
季節が冬だから尚更強く思えるのかもしれない…。
あれこれと考えを巡らせていると、ふとウィッチの目に留まるものがあった。それは部屋の隅の机の上に置いてある、ウィッチが何日か前に読んでいた本。手に取って開くと、内容は魔法薬について記されている。
「そうですわ…。ちっともお客さんが来ないなら、魔法薬を作っても大丈夫ですわよね。」
パラパラと本のページをめくり、気に入ったものを見つけてしおりを挟み、ウィッチは店の奥へと入っていった。
そう、魔法薬はウィッチの十八番。
早速、奥にある暗い部屋の灯りを点け、楽しそうに準備に取り掛かる。さっきの本のページをめくりながら、必要な道具や材料の薬草なんかを量り始めた。
「どうせなら普段作らないようなモノを作りますわよ〜♪ …退屈しのぎには勿体ないかもしれませんけど。」
ここは本当ならとても寒いのだけれど、その冷気を感じさせないくらいに熱中して、ウィッチは魔法薬を作るのだった。
「……っと。これで完成ですわ!」
完成した喜びのせいか、身体が普段より熱くなっているような感じ。おまけにだいぶ目が疲れている。
ようやく完成した魔法薬を小瓶に入れた時、同時にお店の入口の所から扉の開く音がした。
「一体、こんな時に誰ですの?」
さっきまでなら少しも思わなかった事を気にしながら、ドアノブに手を掛けた。カチャリと小さな音をたて、扉は開いた。……外にはあの人がいた。
「よぉ、久しぶりだな。」
驚いた。
なぜなら、私の目の前にはあのシェゾさんが立っていたから。しかも、雪をかぶっていてちょっと濡れている。
「……いきなり何の用ですの?」
驚いたのも勿論、会うのも久しぶり。私の言葉遣いはこういう時に慣れてないみたいですわね……。
「お互い、最近ずっと暇なんじゃないかと思ってただけだ。別におまえの魔導力が目的で来た訳じゃないさ。」
「当たり前ですわ!」
即答。
そんなくだらない理由で来るなんて、流石はシェゾさん。変態らしいですわね。思わず笑ってしまいますわ。
「クスクス何笑ってんだ?」
雪まみれなシェゾさん。
特に面白い訳でもないのに、自然と笑いがこぼれる。
「まずはその雪をどうにかしてくださいな。……それに私も暇ですから、あがって行けばいいですわ。」
「ふうん、じゃあ遠慮無くあがらせてもらうぜ。」
普段なら思わず疑うはずなのに、今日は不思議な雰囲気。両者とも、その不自然にうっすら違和感は感じてはいるけれど……。
「早速なんですけど……、シェゾさんはなんでいきなり私の家にわざわざ来たんですの?」
同じ質問でしつこいかもしれませんが。
「さっきと同じことは言うなって。何やっても答えは同じだぜ。俺だって暇だから来てんだよ。」
白い雪をはたき落としながらそう言った。ちょっと寒そうですけど、銀髪からゆっくりと粉のような雪が落ちてゆく様子は思わず見とれてしまった。
「……シェゾさんっていつも暇なんじゃないんですの?」
「なっ……! そっちこそ修行はしてないのか?」
「おばあちゃんはまだ療養中ですわ。それに、自分でも魔法薬の調合とかならやってますわ。」
シェゾはふぅん…という感じの顔で聞いていた。
その後もお互い、長々と最近の事とかについて喋った。そうやっているうちに寒いと思っていた部屋がだんだん暖かく感じるようになってきた。
「……そういえばシェゾさん、今日はてのりぞうが一緒じゃないですけど。どうしたんですの?」
「あいつは雪で遊ぶのが好きなのか、この頃は雪遊びばっかしてるさ。
……ん?
そういや、ウィッチ。さっきから不自然に顔赤いぞ。」
手短に鏡が無いので確かめられないが、確かにシェゾの言うとおり、私の顔は赤いらしい。言われてみるとちょっと身体がだるくて寒気があるような気がしてきた。
"病は気から"と言いますけど、今の私はまさにそんな感じですわね……。さっき薬を作っている時は部屋がとても寒かったし。
はぁ…。どうやら私、風邪か何かにでもなったしまってるみたいですわね……。
「おい、大丈夫か?」
ぴたっとおでこに何かが触れた。そのせいで、更に顔が赤くなる。
「ちょっと! シェゾさん、一体何するんですの?!」
いきなり人の額に手を当てたシェゾさんは、至って普通の表情。こっちは少しは考えて行動しろ!と思うほどなのに。。
「……熱いな。これやっぱり風邪だな。」
………。
ふたつの驚きで言葉がしばらく出なかった。自分の頭が自分のものじゃないみたいに。
「はぁ……。なんで私が風邪なんてひくんですの……? 無茶なんて事は全くやっていませんのに。」
「暇なのが嫌いだからだろ。身体は正直者だな!」
普通に笑われて、悔しかった。理由はともかく、確かに外れてはいないですから。……まあ、全部では無いですけど。
「取りあえず、安静にしとけよ。悪化してこっちにうつされたら大変だからな。」
「……分かりましたわ。」
熱がひどくなるのも嫌だし、いちいち反応するのも身体がつらくなるかも…と思い、しぶしぶ椅子にクッションを置いて座った。
「これで少なくとも暇とは言えなくなったな。」
「確かにそうですけど……。」
軽い咳が出てしまっているせいか、身体は喋るのも嫌になってきているようだ。
「ところで。風邪薬みたいな回復薬は無いのか? 普段から怪しい薬作ってるなら何かあるんじゃないか?」
「私はそういう類の薬は滅多に作りませんわ! それに"怪しい"は余計ですわ。」
……と言いつつも、さっき作ったあの小瓶の事を思い出す。あれは使いようによるものですし……。
「本当は何かあるんじゃないのか? おまえなら隠してても不思議じゃないしな。」
シェゾはわざと近付いてきた。まるで事件の取り調べをしているかのように、自白させようとしているみたいだ。
ウィッチはますます顔が赤くなりそうになって、目をそらしてしまうのだった。
「なるほどな。やっぱり本当は何かしらあるみたいだな。風邪ひいてるなら、そんな意固地になんなくてもいいはずだろ。」
風邪をひくと、いろいろと大変なんですのね……。今のウィッチの心情はそんな感じだろうか。
……お互いの顔が近いまま、数十分が過ぎた後、ウィッチは観念したかのように口を開いた。
「先に言っておきますけど、別に隠してるつもりは無いですわ。どんなものかは今から説明しますけど、決して回復薬ではないですから。」
――簡潔に言うと、あの薬はワクチンのようなもの。何か抗原を入れると、それに対抗する抗体を産生する……要するにワクチンと同じような効果を持つ薬――
「恐ろしく不気味なものを作ってたんだな……。でも、上手く使えば治せそうだな、風邪。」
ウィッチは魔法で小瓶を呼び寄せてシェゾに渡して見せた。光を反射するガラスが"薬"という事を強めているようだ。
「……でも、肝心の風邪の原因をそれに入れないと無意味なんですわ。。 それにその方法もないですから結局、それは使えませんわ。」
「それじゃ全く話にならないな。うつされるのも時間の問題かな……。」
小瓶を指でくるくる回しながらシェゾは言う。なんとなく、ではあるがその薬を欲しそうなのを少し感じた。
「おい、更に風邪酷くなってないか? そんな様子なら寝てたほうがいいぞ。」
風邪でだるいせいか、気のせいか分からないけれど、シェゾの声が優しく感じられた。そして気付けば自分の身体は横になっていた。意識がだんだんと薄れてきているのかもしれない。
「……まあ、風邪なんて寝てればすぐ治るだろ。人にうつさないように早く治せよ。」
眠気が襲ってきて、ウィッチはシェゾが何を喋っていたかあまりよく覚えていない。それに最後にドアが開いたような音が聞こえたのもよく覚えていなかった。
そして、何時間が過ぎていった後、ウィッチは目を覚ました。
人気の無い、静かな部屋に少しだけ暖かさが残っているような感じ。身体をおこすと、熱はすっかり下がっているようで、さっきの状態から随分と楽になった。
「ああ……。やっぱり帰ったんですのね。……あれ?」
カサカサと何かの音がして、ウィッチは辺りを見渡すと、何かが書かれている紙切れを見つけた。
それはシェゾの筆跡でこう書かれていた。
――ここにいても、おまえが風邪ひいてるんじゃ暇なのに変わりないから、俺はもう帰る事にした。さっきも言ったが、うつされるのは嫌だからな。
ああ、風邪に効くかどうか分からんが、帰る前に寝てる時におまえに"ヒーリング"の魔法を使っておいた。多分、効果は無いと思うけどな。
そうだ。今度そっちに行く時はあの薬よこせ。じゃないと俺が損しただけになるからな――
「全く、シェゾさんてばそういう所だけちゃっかりしてますわ……。」
その置き手紙を読み終わると、ウィッチはため息まじりにそう呟いた。
そして窓の外を覗くと、もう冬の景色は薄れて、春の息吹がほんの少しだけ感じられた……。