[純愛ワルツ]





「一度しか言わねーからな、よく聞けよ」

 少しの間を置いて必死に頷く私を見て、目の前の人は何故かそっぽを向いた。
 くそ、と何かをごまかすように舌打ちをしている。

 なにがきっかけで、こんな会話になったのか。
 数分前なのにもう覚えていないし、どうでもよかった。
 今知りたいのはそんなことじゃなくて。

 私が待っていたのは。
 私が望んでいたのは。



「銀ちゃ」
「だ──ッ! クソッ!」
 沈黙に焦れて声を出したら、銀ちゃんの悶絶声にかき消された。
 そのまま膝の間に抱えた頭を落とす。がりがりがりと頭を掻く音に私は溜め息をついて向かい側のソファーに座る。
 この人のこういう仕草、「おとなげない」から「かわいい」と感じるようになったのはいつ頃からだろうか。
 その変化に沿うように──いや、きっとこっちが先だったはず──私の背は伸びた。
 地球に来た時に比べて少しだけ高くなった視界に、銀ちゃんを見上げる角度もほんの少し緩やかになって。
 夕焼け色の髪はお団子だけでまとめるのも難しくなったぐらいには長くなり、背中で揺れている。
 その他、紅を引く嗜みだって大人用のチャイナ服を買う楽しみだって覚え、それら全てはこの人に繋がっていると思っている。
 大人に近付いた、じゃない。
 銀ちゃんの隣に立って「親子に見えない」姿を手に入れつつあるんだ。

 隠そうともしなかった私の気持ちはきっと銀ちゃんには簡単に届いているはずだ。
 でも銀ちゃんは、不自然に避けられたり気まずくなったりと、私の心をぞんざいに扱うなんてしなかった。
 だからといって受け入れてくれるでも応えてくれるでもなく、何の変化もなくて、そっちの方が苦しいんだということも身を持って知ったけれど。
 ──でもそれも、表面上だけで。

「銀ちゃん」
「んだよちょっと黙ってろよ」

 気付けたのがいつなのかも、もうはっきりしない。
 銀ちゃんと呼んだときに、目元が少し柔らかくなること。
 日常の挨拶を交わすときに、ぽんと手のひらを頭に置いてくれること。
 私の名前を呼んでくれるときや、しょうもない口喧嘩をしているときの声とか。
 以前に比べとっくみあいをする回数が極端に減った、とか。
 それら全て、きっと銀ちゃんは無意識で私に向けている。

 不器用で天邪鬼な人が、ずっと傍にいた私への感情に答えを出す。
 どんな経路を辿ったのか、いつからなのか、知りたいけれど我慢する。私が聞きたいのはそんなことでもない。
 今こうして向かい合っているのは、答えが出たからなのだ。
 そして私は今からそれを聞ける。前置きもされてしまったけれど、「一度だけ」だけど。

 家族でもあり仲間でもあるこの人と私。
 名前をつけるのは難しい感情を、私たちは胸に抱えていた。
 恋とか愛とか、そんな簡単な言葉ではくくれない。
 一緒にいたい。護ってあげたい。肩を並べて歩いていきたい。
 この人と、生きていきたい。
 そのために強くなったし、女も磨いた。
 私にすればたっぷりかけてしまった時間は無駄にはならないことを知っている。

 でも、「待ちくたびれた」というわがままな私がいることも確かで。
「銀ちゃん。ひとつだけ、訊いてもいいアル?」
「──なんだよ」
 額に手を当てたまま銀ちゃんがちらりとこちらを向いた。
 もしかして、もしかして。
「銀ちゃん、ずっと……ずっと待っててくれた、アルか?」
 私が大人になるのを。自分でちゃんと考えて、たくさんの中から一つを選び出すのを。
 返ってきたのは、何をだよ、という低い呟きだった。
 それでもその声のトーンに隠された響きに気付かないほど鈍感じゃない。
 鈍感じゃないから、この人の相手が務まるのは私しかいない。
 銀ちゃんが答えを出している間に、そんな自信を持たせてくれるだけの時間が、私にはあった。

「か、かぐら?」
「ちょっと待つヨロシ」

 私は立ち上がって銀ちゃんの机に向かった。
 目的は電話。時刻は朝。きっとまだ間に合うはず。

「──あ、新八アルカ? 銀ちゃんが女の子の日になったから今日は定休日にするアル。絶対来んなヨ。じゃ」
 突然一方的に告げられ、えだのちょっとだのわたわたしている新八を受話器の向こうに閉じ込め、私は受話器を置いて電話線を引っこ抜いた。
「ちょ、神楽ちゃん!?」
 銀ちゃんを無視し、続いて向かったのは玄関だ。引き戸の外にかけたのは「本日定休日」の札。念のため内側から鍵をかけておくのもぬかりなく。
 ──さあ、これで大丈夫。

 居間に戻ってソファーに座りなおす。今度は銀ちゃんの隣に。
「何? 何してきたの」
「これで誰の邪魔も入らないアルヨ?」
 にっこり笑って見上げる先に、戸惑いの色を濃くする顔。
 その顔もかわいいと思うって言ったら、どんな反応を見せてくれるだろうか。

「意味わかんないんですけど神楽ちゃん」
「その言葉そっくりそのまま返すアル。さっきから黙り込んで何アルカ。ちゅーにくさくてキモいネ」
 銀ちゃんは言葉に詰まった。
「いや、それは……」
「逃がさないアル」
 立ち上がろうとしたから、銀ちゃんの腕に両腕を回してしがみついてやった。
 この後に及んでどこへ行くつもりというのか。いい加減ヘタレも卒業したらいい。

「〝一度だけ〟言ってくれるんでしょ。私ちゃんと聞くアル。だから銀ちゃんもちゃんと言うヨロシ」
 私は銀ちゃんを待たせた。銀ちゃんも私を待たせた。それこそ年単位で。
 日が暮れるまででも、夜になるまででも、明日の朝になるまででも──、あと一日くらいならまだ我慢してあげる。
 だから、
「おまえ……わかってんならもういいじゃん。別に言わなくてもいいじゃん。いつになったら空気読めるようになるんだよ」
「最初に話してきたのは銀ちゃんアル! きちんと言ってくれるまで離さないモン」
 がっちり固めたはずの腕の中から銀ちゃんの腕が抜けたと思ったら、肩と背中にぎゅっと回されて──、

 離さないのはこっちだ、と言った後耳元に寄せられた唇が囁いた言葉を、私は誰にも教えてあげない。





[2010/9/13 花月ゆき 記]
片手天秤』の立花眞白様より、とてもお優しいお言葉に甘えて頂いて参りました。
ツイッターの銀神botのリプから、とってもものすっごく素敵な作品を書いてくださいました…!!
銀神の告白の時! 胸がどきどききゅんきゅんします!!

立花眞白様、本当に本当にありがとうございました!!!