今から三年前。「えいりあんはんたーになる」と言って、地球から旅立っていった少女がいた。
 透き通るような白い肌。空色の瞳。桃色の髪。左右の耳の上に結いあげられた、お団子。それらの愛らしい外観に加えて、雨の降っていない日でも番傘を差し、好物の酢昆布を口にくわえ、白く大きな犬を引き連れていたものだから、少女はよく街中の人々の目を引いていた。
 誰もが少女のことを覚えていたが、三年という年月は、少女を「思い出の中の人」にするには十分な長さだったようで、街ゆく人々が口にする内容も、「最近、姿を見ないわね」から「今、どこで何しているんだろうね」へといつしか変わっていた。
 『スナックお登勢』の二階。『万事屋銀ちゃん』と書かれた看板のあるその場所が、少女の住処だった。少女は、坂田銀時という名の銀髪で死んだ魚のような目をした男と一緒に住んでいた。そこへ眼鏡をかけた少年と白い大きな犬を加えた、三人と一匹で万事屋は営まれている。三年前からは一人減ってしまったが、ポジションは空けてあるのだ。
 朝は、結野アナの天気予報と星座占いを見ることが日課になっていた。少女がこの場所を去って三年経った今でも、銀時は、テレビを食い入るように見つめ、結野アナにご執心だった。十四インチのテレビも未だ愛用し続けている。
「江戸は快晴。俺の運勢は最高。……今日はパチンコで大勝ちでもできるかねェ」
 返事はもちろんない。独り言が増えたことを銀時は自覚していた。
 結野アナの出番が終わり、ニュースへと切り替わる。厠にでも行こうかと立ち上がったところで、インターフォンが鳴った。シルエットで見分けがつく。訪問者は長谷川泰三だったが、珍しく、パチンコの誘いではなかった。
 午前九時ちょうどに、三人と一匹は街の映画館の前にいた。
 光栄劇場の屋根には『えいりあん VS やくざ 2』と書かれた大きな宣伝用の看板がかかっている。
『――かくして、えいりあんとやくざ。地球の存亡を懸けた戦いが再び始まるわけでございます。はたして地球の運命は? 続きはぜひ劇場の方で!』
 マイクを片手に映画の宣伝をするのは長谷川だ。銀時たちが誘われたのは、映画の客呼び込みのバイトだった。『えいりあん VS やくざ』の客呼び込みのバイトをしたときと、場所も同じだった。不思議な縁もあったものだと銀時は思う。
 やくざもどきの格好をした銀時の前には、えいりあんの着ぐるみに身を包んだ定春がいた。そして今度は、ビラ配りを手伝う新八の姿もそこに加わっている。
 公開初日ということもあり、宣伝に余念はない。元々、前作の評判が良かったために作られた続編であるため、人々の関心も高かった。上映時間前になると、すぐに満席の状態になった。
 ところが、午後二回目の上映が始まる前のこと。映画館の中ではなく、待合室のテレビの前に人々が群がり始めたのである。緊急特別生中継。アナウンサーの興奮した声が辛うじて聞き取れたが、宇宙との連絡港――ターミナルで本物のえいりあんが暴れているらしい。
「……前にもこんなことなかったけ」
 銀時は呟く。銀時は人と人の間からテレビ画面を覗き込んだ。
 ターミナルが何やら黒い液体のようなもので侵食されている。ターミナルの頂上には、親玉ともいえる牙を剥いた怪獣のようなものまでいた。
『えーみなさん見えますでしょうか? ターミナルが謎の生物に覆われていっています。ターミナルに残っている民間人の避難を優先していますが、間に合うのでしょうか……。侵食部が広がっています。このままですと、ターミナルだけではなく、江戸の街も――。……アレ……人影? カメラ! もっと寄れないのか?!』
 黒く染められたそこに、紅一点。銀時は双眸を見開いた。
『――傘を持った女性が、ひとりで戦っています!』



「……あり?」
 定春にまたがり、銀時がターミナルへ到着した頃には、全てが終わった後だった。
 テレビで見た光景を覚えているだけに、この静けさが不気味に感じられたが、どうやら、女ひとりの手によって、えいりあんは息絶えたらしい。奇跡的に怪我人はひとりもいなかったそうだ。拍子抜けしたが、自分の出番がなかったことが、これほど嬉しかったことはない。
  ――旅立っていった少女は、確実に強くなっていた。
 目の前に、夕陽の光を遮るようにして番傘を差している女がいた。正面から見なくとも、銀時にはその女が誰であるかすぐにわかった。少女のあどけなさを残すその後ろ姿に、そっと声をかける。
「お嬢さん、お嬢さん」
 一瞬、女が肩を震わせたのが銀時にはわかった。兎が小さな物音に震えるような仕草だった。
 銀時は周囲の荒れ果てた光景を見て、口の端を上げる。ターミナルは半壊。しばらくは運休せざるを得ないだろう。
「随分と派手にやっちまったじゃねーの」
 銀時の声に、女はゆっくりと振り返った。
 透き通るような白い肌。空色の瞳。桃色の髪。左右の耳の上に結いあげられた、お団子。変わらず愛らしい姿をしているが、目からは大量の涙を零し、鼻をすすりあげている。
 コンクリートの地に靴が擦れる音と、番傘が地に転がる音が重なった。
「銀ちゃん!」
 名を呼ばれ、胸元に飛びつかれたので、反射的に銀時は抱きとめる。少し背が伸びただろうか。などとのんきに考えていると、とうとう着物に鼻水を擦りつけるように密着されてしまった。「まだまだガキだな」とそんな感想を抱きながら、銀時は少女の頭を撫でる。
「……おかえり、神楽」
「……銀ちゃ……銀ちゃん!」
 甘えるように擦り寄る神楽の頬がほんのり赤い。掌で後頭部を包み込むようにして引き寄せると、さらに赤みが増した。瞬きを繰り返す睫毛が小さく震えて、潤んだ瞳から滴が頬を伝う。こんな顔をするようになったのだなと感慨深いものがあった。
 神楽は銀時を見上げ、にこりと笑うと、白い大きな犬の元へと駆けていった。温もりの去った胸元が夕方の冷えた風に触れて、少し肌寒い。
「定春ぅ~、会いたかったヨ! 新八も来てくれたアルか!」
 いつからそこにいたのだろう。定春の隣に寄り添っていた少年にも、神楽は微笑む。
「うん。今さっきね。銀さんにおいていかれちゃった」と一言余計なことを口にしながら、新八も微笑んだ。「おかえり、神楽ちゃん」
「ただいまヨ~」
 銀時は、転がる番傘を拾い、神楽の元へと歩み寄った。
 今日の運勢は最高だった。ラッキーアイテムは――酢昆布だろうか?



FIN



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