昼食で膨れた腹が、ほどよく空きをみせる頃。新八の淹れてくれるコーヒーを待ちながら、銀時と神楽は、ソファに寝転がり、特に目的なく、十四インチのテレビを眺めていた。今日は仕事の依頼がなかったため、一日中フリーダムだった。
午後三時を告げるアナウンスが入る。テレビの画面がワイドショーに切り替わると、神楽は腹筋を鍛えるような動作で起き上がり、テレビの前に飛び降りた。主婦層が視聴しそうな番組を、彼女は好んでよく見ているのだ。
「コーヒーとお菓子ですよー」
新八が台所から戻ってきた。盆の上には、コーヒーが三つと、スイートポテトが三つ。それぞれひとつずつ手に取ってから、神楽と新八はテレビに目を向け、銀時は手元にあったジャンプを開いた。
「へェ……おまじないかァ……」
「フン。おまじないなんてガキのすることアルヨ」
神楽と新八の会話に、銀時がテレビに目を向ければ、『おまじない特集』とやらをやっていた。銀時は興味をひかれることもなく、再びジャンプに目を戻す。
『最近流行りのおまじないは文房具を使ったものが多いですね。たとえば、消しゴ――』
『えーそれでは次のニュースです。今日、午後二時半頃、過激派攘夷浪士による……』
「神楽ちゃん、なんでイキナリ変えるの? チャンネル」
「……。私は子供騙しなんかに興味ないアル」
「神楽ちゃんはしたことないの? おまじない」
「す、するわけないネ」
それ以降もふたりの会話は続いていたが、銀時は読み始めた漫画に熱中し始めていたため、気にも留めなかった。
発売日に読破したジャンプをもう一度全て読み返してしまったあとで、銀時は我に返り時計を見た。午後四時二十五分。読み始めてから一時間以上も経過していたらしい。喉が渇いてコーヒーカップを手に取るが、読みながら飲み干してしまったようで、空だった。飲み物を求めて台所へ行き冷蔵庫の中を覗いてみれば、好物のいちご牛乳が見つからない。おつかいを頼むことも考えたが、一日中家にいて外の空気が吸いたくなってきたところだったので、銀時は買い出しに出かけることにした。
近場のスーパーやコンビニで珍しく品切れになっており、少し遠くのスーパーまで出向くはめになった。夕方という時間帯のせいか、道中は賑やかで、色々な店が建ち並ぶ商店街は人々で溢れかえっている。そこへ一際目立つ店があった。
文房具屋と書かれた看板の下で、女子の集団が群がっていたのだ。
「おじちゃん! 消しゴム二個!」
「おやおや、二股かい。隅に置けないね~」
何やらこの店にふさわしくない会話が聞こえるが、文房具屋であることは間違いなかった。
「私も消しゴム二個!」「私は三個!」と女子の声はやまない。
「おや、銀さんじゃないかい」
素通りする予定だったが、店主に話しかけられたので銀時は立ち止まった。
「なんだ? 消しゴム流行ってんの?」
店主は消しゴムを売りさばきながら器用に銀時と会話する。
「おや知らないのかい? 消しゴムを使ったおまじないが流行ってるんだよ」
おまじないといえば、新八と神楽もテレビを見ながら何やら言い合っていたような気がする……と銀時は思い返すが、さすがに内容までは把握していなかった。
「あ~嫌いな奴を消せるおまじないとか?」
「違うよ。両想いになれるおまじないさ。ケースの内側に自分の好きな人の名前を書いて、それを誰にも見つからないうちに使い切ると、晴れて両想いになれるんだと」
「へェ……」
当然、興味はわかないが、店主は消しゴムが大量におさまっていたらしい箱をふりかざしながらこちらを見た。
「どうだい。最後の一個だ。残りものには福がある」
「いいよ。俺は消しゴムからは卒業したんだ。男は一度書いたモンには責任持つモンなんだよ。消しちゃだめなんだよ」
「まあまあそういわず、なんなら神楽ちゃんにでもあげればいいじゃないか」
「神楽にだァ?」
意味のないらくがきに使われるのがオチだ。と思いはするが、しかし、銀時の脳裏には、小さな手に握られた小さな消しゴムが思い出されていた。神楽は自分が与えてやったモノは何であれ大事にする。最後まで使い切るつもりらしいが、あれほど小さくては消しにくいだろう。今日だけだと自分に言い聞かせながら、銀時は財布を取り出した。随分と甘くなったものだ。
今日はよく人に会う日だった。公園の前を通れば長谷川に呼びとめられ、河川敷を通れば桂に出くわし、それを追う真選組とも居合わせてしまった。万事屋に帰り着く頃にはすっかり日も暮れ、スナックお登勢は営業を開始しており、二階の窓からも電気の光が零れていた。
「ただいま~」
「あ、おかえりなさい、銀さん。もうすぐご飯できますから」
台所から漂う香りに、夕飯を待ち遠しいと思いながら、銀時は部屋へと入った。
神楽は、ソファの上にうつ伏せで寝ている。顔の下には、らくがき帳、えんぴつ、ボールペン、小さくなった消しゴム。そして手の中には、真新しい消しゴム――偶然にも、今日、自分が買ったものと同じ品――があった。
無駄な買い物をしてしまっただろうか。いや、消耗品だからいずれ使う日がくるだろう、などと自問自答しながら、いちご牛乳を買い物袋から取り出す。
台所から聞こえる規則的な包丁の音と、ぐつぐつと何かを煮ている鍋の音以外は何も聞こえない。テレビは電気代節約のことを考えてか、おそらく新八が消したのだろう。少々落ち着かない気分を味わいながらも、銀時は、今日買ったもうひとつの品を取り出した。
神楽の小さな手の中にある新品のそれと交互に見やる。と同時に、店主の言っていた子供じみた『おまじない』とやらを思い出してしまった。「まさかうちの神楽ちゃんに限ってそんなことは……」と思いながらも、気になり始めたらとまらない。銀時は神楽の握りしめている真新しい消しゴムを、起こさぬよう静かにその手から抜き取った。
非常にイケナイコトをしている自覚があるためか、らしくもなく緊張しながら、ケースを外す。
予想通りだったのか予想に反していたのか。見た後となっては、どう予想していたのかすらわからなくなってしまったが、真っ白な長方形の上には、拙い字で書かれた四つの漢字が並んでいた。
『坂田銀時』
暫し固まるしかない。
「あ~あ。見ちゃったんですか」
突如かけられた新八の声に、銀時は身体中から汗が噴き出したのを感じた。
「な、何を……?」
新八の視線は、銀時の手中にある「ケースの外された消しゴム」に注がれていた。新八の口ぶりからして、おそらく何もかもわかっているのだろう。もう誤魔化しようがない。ところが、咎める声は一切降ってこなかった。新八は穏やかで優しい表情をみせ、眠っている神楽の方へとゆっくり視線を移してゆく。
「神楽ちゃんもやっぱり女の子ですよね。結構前から一生懸命練習してたんですよ」
「練習?」
新八の視線の先には、らくがき帳。よくよく見れば、そこには、『坂』だの『田』だの『銀』だの『時』だの、四つの漢字を練習したあとが見えた。消しゴムにはボールペンで名前が書かれてある。鉛筆とは違い失敗できないため、何度も練習したのだろう。もしや小さくなった消しゴムは、鉛筆で書いては消しての練習を繰り返した証だったりするのだろうか。
「ま、いいや」そう呟いて、新八は台所へ戻っていった。「そろそろ神楽ちゃんを起こしてください。ご飯できましたよ」
「お、おう……」
らくがき帳には、お手本のような文字も書かれていた。それは、間違いなく新八の字だった。
急に居たたまれなくなってきた上、なぜか顔が熱くなってきた。赤面した顔を掌で掴むように覆う。
「自分の持ち物には自分の名前を書けって教わらなかったのか、オイ」
返事はもちろんない。衝動のままに、銀時はボールペンを手に取った。
自分が買ってきた方の消しゴムに『神楽』と書いて、神楽の手に放る。自分の名前が書かれた方は返すつもりはなかった。見かけは同じなのだから、ケースを外されるまでは、神楽に気付かれることもない。
「……ん」
手に与えられた小さな衝撃を感じたのだろう。神楽の瞼がピクピクと動く。何も知らないフリをして起こしてやらなければならないのはわかっていたが、銀時は、夢と現をさまよう少女へ言葉を投げかけていた。
「……お前には、こんなおまじない、必要ねーんだよ。わかったか? コノヤロー」
眠たそうにわずかに目を開けた神楽に、銀時は苦笑した。
FIN
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