陽の光を浴びる番傘に、桜の花弁が舞い降りる頃。少女はこの星を旅立つと告げた。
 時が過ぎるのはこんなときばかり残酷に早く、少女のいない生活は二日後に迫っている。寂しいという感情の一歩先で、冬の残骸を含んだ風が、胸に空いた大きな穴に容赦なく吹きこみ、痛いと感じた。
 傷口などなくても、痛みを感じる場所がある。それがどこで何なのか。なぜ痛みを伴うのか。銀時は、気づいて気づかないフリをする。答えは、腹の底の底へと押し込み、容易に取り出せないところへ隠した。
「神楽ちゃん、どこか行きたいところないの?」
「……うーん……うーんんん……」
 銀時は、ソファに向かい合って座っている新八と神楽の会話に耳を傾けた。聞いている素振りは一切見せず、事務机に両足を乗せ、身体を捩り、ぼんやりと窓の外に広がる青空を仰いだ。
 新八の声は、いつにも増して優しさを帯びていた。残された数日間で、できることならばなんでもしてやりたいという親心のようなものが滲み出ているようだった。何が食べたいの? どこへ行きたいの? というような問いかけは、まるで、嫁入り前の娘と母親のそれである。
 ちなみに、神楽の食べたい物はすでに聞き取り済みだった。旅立ちの前夜――つまり明日の夜には、見知った顔の連中と神楽の好物を取り囲んでパーティーを開くこととなっている。こんなときくらいは腹いっぱい食わせてやりたいと、財布の中から消えゆくだろう札束のことは、それ相応に覚悟していた。
「…… それじゃー目的地のない旅っていうのはどうかな」
「目的地のない旅……楽しそうアルな!」
 悩み続ける神楽に、新八が提案を投げかけると、神楽の声が元気よく跳ね上がる。声には嬉々としたものが混ざっていて、ふたりが今どんな顔をしているのか、直接見なくとも銀時にはよくわかった。声を聞くだけで表情がわかるほど、何を考えているのかわかるときもあるほど、共にいた時間は長く濃いものであったのだと、こんなときにも実感してしまう。
「あ、そうだ。定春は僕が見とくから、銀さんと二人で行っておいでよ」
 ちょうど今思いついたことなのだというような、わざとらしい口振りで、新八が更なる提案を口にした。何やら計画的なモノが感じられるのは、年の功なのだろうか。神楽はそれに気づきもせず疑いもしていないようだ。
「え、ちょ……新八!」
「銀さんも、それでいいですよね?」
 突如、新八が話を振ってきた。しかも、ふたりの会話を最初からしかと聞いていたことを、まるで知っていたかのような口調で言う。そこではじめて、銀時はふたりの方を見た。
「……何が?」
 銀時は聞いていないフリを決め込んだ。それは、新八の意図に気づいていないフリをすることと同義である。新八のこめかみに青筋が立つのが見えた。「アンタ、聞いてただろ」と新八の無言のツッコミが入るが、受け流す。
「――せっかくなんですから、二人で楽しんできてくださいね」
 都合の悪いやり取りはすべてリセットされてしまった。これはもう決定事項なのだといわんばかりの笑みを新八が浮かべている。バックには、姉の妙がついているのかもしれない。
 珍しく強引な手に出たなと思うが、そうでもしなければ、首を縦に振らないとわかってのことなのだろう。言い返す言葉は、何も思いつかなかった。自分と神楽に最後の機会を与えようとしているその厚意を受け取ることで、せめてもの罪滅ぼしになりはしないだろうかと、そんなことを考えていた。




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[2010/4/16 <初出:2010/3/23 Memo+>]