――神楽は銀時に懸想しているのではないだろうか。
いつからそう思っていたのかは思い出せないが、新八の予感は確信へと近づきつつあった。とはいえ、確固たる証拠を目にしたわけでもなく、本人の口からきいたわけでもない。それは出会ってからこれまでの間、日々の日常のなかで少しずつ少しずつ汲み取っていったものなのだろう。
そうして、もうすぐ四月になろうかという時期。新八はそうと確信するに至る出来事に、とうとう出会ってしまった。
外は嵐に見舞われていて、ひどく肌寒い日だった。寒い日には温かなものを欲する。その日、食事当番だった新八は、夕食は鍋にしようと朝から決めていた。昼過ぎには買い物へ行き、特売の野菜やら豚肉やらを買い込んだ。
午後六時過ぎ。新八は戸棚に仕舞っていた土鍋を取り出した。三月の上旬から中旬にかけては平年通り暖かい日が続いていたため、次の冬まで使うことはないだろうと一時の別れを告げたはずの土鍋だったが、予想以上に早く再会することになった。明日からはまた春の暖かい気候に戻るらしいので、今日こそが本当に鍋の食べおさめになるだろう。
鍋を火にかけると、昆布ダシの匂いにひかれたのか、台所へ神楽が顔を覗かせた。
「新八ィ~今日の晩御飯は何アルか?」
「今日は寒いからね。鍋にするよ」
「マジでか! キャッホォォォォ!」
手放しで喜ぶその姿に微笑ましい気持ちになりながら、「神楽ちゃんの好きな豚肉もたくさん入れるからね」と、豚肉を三パック掲げてみせる。ひとり一パック分といいたいところだが、おそらくそうはならないだろう。神楽の小さな身体に見合わない大きな胃袋のこともあるが、その前に、銀時が夕食時までに帰ってくるかがわからないのだ。
二日間、銀時は家に帰ってきていない。遊んでいるわけではなく、仕事だ。自分たちも一緒に行きたかったが、場所が成人男性しか受け付けないようなところであったため、先方の都合で辞退を余儀なくされた。どうか危険な依頼ではありませんように、と祈ることしかできない現実が、ひどく歯がゆい。
神楽は、三パック分の豚肉を前に目をきらきらと輝かせながら、空腹の音をあげるお腹をおさえていた。無邪気なその姿に幾分救われるが、その小さな胸の奥には大きな不安を隠しているに違いない。銀時が帰ってくるまで、彼女の胸中が晴れることはないだろう。
「もう腹が減って減って死にそうアル。早く鍋にありつけるなら、私何でもするネ。何か手伝うことないアルか? 味見ならいくらでも手伝うアルヨ」
「神楽ちゃんの場合、味見だけで済むとは思えないんだよね……」
新八は苦笑した。味見で鍋の中身がすべて彼女の胃袋におさまるという事態だけは回避したい。だが、鍋はもう煮込むだけであるため、特に手伝いをお願いするようなこともなかった。
自ら手伝うことを申し出るというのも、彼女にしては珍しいことだ。今日も一日天気が悪く、ずっと暇そうにしていたが、そろそろ何かしていないと落ち着かないタイミングにきているのかもしれない。そう考え、何かないだろうか……と台所を見渡す。ふと汚れたタオルが目に入った。
「じゃあ、このタオルを新しいのに替えてきてくれる? 洗濯したやつ、タンスの中に畳んでおいてあるから。こっちの汚れてるほうは洗濯機に入れておいてね。天気がよくなったらまとめて洗うから」
「…… 前々から思ってたアルけど……新八はいいお嫁さんになれるアルヨ。私が保証するネ」
「いや、僕、男だからね。そんなこと言われても嬉しくもなんともないからね」
とても小さな子供にお願いするような小さなお手伝いだが、新八がタオルを差し出すと、神楽は文句ひとつ言わず受け取った。その代わり、
「男なら素直に喜んでおくヨロシ。私が戻ってくるまでに、お鍋、完成させておけヨ」
そんな捨て台詞を残し、神楽はスタスタスタと台所から出て行った。
ところが、数分で終わるような小さなお手伝いだったはずだが、鍋が完成しても神楽は台所へ戻ってこなかった。
「…… 遅いな、神楽ちゃん」
新八は火をとめ、神楽を呼びにいくことにした。家の中はとても静かで、外の嵐の音が余計に際立つ。あまりにも静かで、本当にこの家の中に神楽はいるのかという疑問が一瞬浮かぶが、洗濯機の前に神楽の姿は確かにあった。けれど声をかけようとして、思わず踏みとどまってしまう。神楽が何やら大きな布を大事そうに抱え、頬を擦り寄せていたからだ。目を閉じてそれを抱いているので、こちらに気づいてもいない。
「あ」
新八の姿にようやく気づいた神楽が、慌てたようにして後ろ手にその大きな布を隠した。残念ながら、小さな少女の身体では、その大きな布は完全には隠せていない。それが何であるかは、確認するまでもなかった。真っ白な布に、空色の渦巻き模様が覗き見える――銀時の着物だ。
「こ、これは……洗濯機の中にものすごく臭い布があったから取り出しただけネ。危ないところだったヨ。タオルにこの臭いが染み付くところだったアル!」
行動と言動がすれ違いを起こしていた。そんな神楽に、新八はくすぐったい気持ちで胸が満たされてゆくのを感じた。
言葉通りのことを本当に思っているのだとしたら、両手で大事に抱いたりせず、指の先でつまむだろう。頬を擦り寄せたりせず、視界からも遠ざけようとするだろう。
彼の残り香を愛おしく想っているのだということは、誰の目から見ても明らかだ。今まで気づかなかっただけで、自分「たち」は、彼女のこんな一面をたくさん見逃してしまっていたのかもしれない。こんな彼女を見たら、銀時はどう想うだろう。そう考えて、思わず笑みが零れた。似ているふたりだ。今の神楽のように、思っていることと間逆の言動を取るに違いない。
「それはお手柄だったね、神楽ちゃん。お鍋できたから、ご飯にしようか」
「オウ! もう腹ぺこで死ぬところだったヨ。今日は手加減できそうにないアル」
真意に気づかれなかったと安心したような声が、一匙含まれている。本当は気づかれてしまっているのだが、敢えて気づかなかったフリをしておこうと新八は思った。
「ハハッ。でも銀さんの分は残しておいてね」
「銀ちゃん、帰ってくるアルか?!」
「うーん……どうかな……」
「……ハァーしょうがないアルな。明日の朝までは残しておいてやるネ」
まったくもって素直ではないが、彼女らしい言葉だ。そして、そんな彼女の表情の裏には、彼への優しさと不器用な恋心がこもっている。
彼の帰りを待ちながら、新八は願わずにはいられなかった。穏やかな日常のなかでそっと芽吹いた彼女の恋が、どうか実りますようにと――。
FIN
[2010/4/6 Web拍手へUp]
TextTop
