背伸びしながらドアに飾りつけをしている副官に、ロイは見入っていた。 新たな書類と一緒に抱えて持ってきたそれを、彼女は丁寧にドアの上部に飾り付けている。 爪先を地につけて背伸びをしている彼女の後姿はなかなか見られるものでもないから、目の保養とばかりにロイは満足気に口元を緩めて頬杖をついた。 飾りつけは一通り終了したのだろう。一歩二歩退いて、ドアにリースがバランスよく飾り付けられたかを確認している。 リザがドアに飾り付けているそれは、ひいらぎのリースであった。しかもそれは、おそらく既製品ではない。手作りだと思われる。 ふと気になって、ロイは彼女に尋ねてみることにした。 「君が作ったのかね?」 「そんなことより、仕事をされてください」 彼女の手作りのようだ。 一度こちらに注がれた視線は、またすぐにドアへと向いてしまう。自分から顔を背けるのも、照れ隠しの一つなのだろうとロイは微笑んだ。 彼女の仕草ひとつひとつに、彼女の素直になりきれない部分を見出せるようになったのは、彼女と一線を越えてからであったが、二人きりのときには、リザはたまにこういう可愛らしい一面も見せた。 正確に言えば、そう見えるようになった、とでも言うべきか。リザの態度は表立っては変わっていないのかもしれないが、恋というものは不思議なもので、いつもと何も変わっていないはずなのに、甘い何かを伴わせることがある。 だからこそ、こんなとき、上官と部下という線引きが作られてしまうのを、恨めしいと感じてしまうのかもしれない。 「ああ 折角のクリスマスなのに我々はオフィスに篭って仕事とは、全く軍人とは悲しい生き物だな」 仕事さえなければ、リザと恋人として初めてのクリスマスを満喫できるはずだったのだ。 しかし今年に限っては、イヴの日に仕事が終わったからと帰ることも許されない。この時期何かと事件が多発するということと、先日発生した大事件が未解決 ということもあって、ロイもリザも、そして彼らをはじめとする部下たちも、今日は司令部に泊まることが義務付けられていた。 溜息と共にそう言葉を吐き出すと、傍に寄ってきたリザが処理済みの書類を手に取りながらきいてくる。 「ご予定は全てキャンセルされたのですか?」 何の予定だ? とロイは一瞬考えたが、すぐにクリスマスの予定についてのことなのだとわかる。リザがここにいるのに、他の予定が存在するはずがないのだが、彼女の遠まわしな問は、まるで他の女性の影をおそれているかのようにもきこえた。 だから、敢えてロイも彼女にこう言葉を返すのだ。 「いや。場所が変更になっただけだ」 「そうですか」 淡々とした彼女の返事に、ロイは笑みを浮かべる。 「 今年はここでクリスマスだよ、中尉」 ――ロイには始めから、リザと一緒に過ごすクリスマスのことしか頭になかったのだ。 |
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ひいらぎの下で
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「よう! 大佐!」 「何だね、鋼の。邪魔しにきたのかね」 書類に埋もれるようにして紙に万年筆を走らせるロイの前から後ろから左右から、からかうように行ったり来たりして見せているのは鋼の錬金術師、エドワード・エルリックである。 突然バタンとドアの開く大きな音がして彼らが入り込んでからというもの、ロイのオフィスは弾けたような賑わいを見せ始めた。休憩も兼ねているのだろう。机の上には緑茶やら珈琲やら茶菓子やらが乗っている。 「ああ~大佐も可哀想だね。イヴもクリスマスも無いなんて」 日頃の恨み、とばかりにエドワードは自分達が思う存分イヴを満喫しているのだということを自慢した。 頭には真っ赤な帽子。小さな白色のボンボンが帽子の頂点についているので一目でクリスマス仕様だと分かる。 そして背中に背負った大きな白い袋。この中には、ヒューズの妻、グレイシアの手作りクリスマスケーキが入っている。 格好からするにクリスマスケーキを届けにきたサンタさんを意識しているのだろうエドワードは、自ら進んでそれを司令部に届けることにしたのだが、ロイを前にするとどうも素直にケーキを渡す気分が湧いてこないらしかった。 「アルフォンス、久しぶりだな」 「お久しぶりです、大佐」 爽やかにエドワードの言葉を無視して、ロイはエドワードに続いて部屋に入ってきた彼の弟に声をかけた。彼の弟、アルフォンス・エルリックも兄同様に赤と白を基調にした格好をしている。 「オイ! 無視すんじゃねーよ!」 エドワードは、ロイとアルフォンスの間に割り込んでロイを見上げた。くわっと噛み付きそうな勢いである。 眉を吊り上げるエドワードに余裕の表情を見せつけながら、ロイはわざとらしく笑みをつくった。それから、ゆっくりゆっくりと視線を下ろしてゆくのだ。 「ああ、そこに居たのか。ん? 何だって? そうか 今年はサンタさんに背をプレゼントしてもらうのか。今年は良い子にしていたかい? サンタさんは良い子にしかプレゼントをくれないのだぞ?」 「は? ってオイ! 俺は何も言ってねーぞ!」 「に、兄さん! 落ち着いて!」 アルフォンスがロイに掴みかかろうとするエドワードの両腕を持ち上げると、エドワードの身体は宙に浮いた。手足をジタバタさせながらエドワードはロイを 物凄い形相で睨み付けている。が、本気でないことはわかっているからロイもロイであれやこれやと言葉を見つけてはエドワードをからかった。 というよ り、エドワードで遊んでいる。 リザを始めとして皆、また始まった と苦笑しながら、けれどエドワードがこうしてオフィスに立ち寄ったときにしか二人のこうした光景は見ることができないから、実に微笑ましいことだと見守っている風でもあった。 しかしなおも続くロイとエドワードの言い合いは、オフィスのドアがノックされ開いたことでピタリと止む。 「こんにちは」 ドアから顔を覗かせた少女に、エドワードとアルフォンスはすぐに反応した。 二人は少女の到着をここで待っていたようである。どうやらここは三人の待ち合わせ場所となっていたらしかった。 「ウィンリィ、遅かったな」 「買い物は終わった?」 「うん。バッチリよ」 ウィンリィは、エドワードとアルフォンスに膨れた買い物袋を持ち上げてみせた。シャンパンやらクラッカーやら、いかにもクリスマスパーティーで使いそうな品々が覗いている。 リザに「中へどうぞ」と促されたウィンリィは、そこで開かれたドアの上部にある飾りに気付いたようだった。 「これは 」 「あ。ひいらぎのリースだね」 アルフォンスはドアに近付き、ウィンリィと一緒になってその飾りをまじまじと見つめた。 エドワードはというと、手作りであるということをすぐに見抜いたのだろう。そこで、自然と湧いた疑問を口にするのである。 「誰が作ったんだ?」 その問に答えたのは、ロイだった。 「これは、私に好意を寄せる女性が、私のために作ってくれたものなのだよ」 ロイは痛いくらいリザの視線を感じたが、「私のため」の部分を特に強調しながら得意気にそう言ってみせる。このオフィスはロイ個人のものだから、そのオフィスのドアに飾り付けられたということは、つまりそういうことなのだとロイは信じきっていたのだ。 「何か勘違いしてるんじゃねーの? 大佐」 エドワードの言葉にロイはピクリと一度眉を顰めたが、ふとリザを見やれば、彼女は微かに笑みを浮かべている。まさか本当に自分の勘違いなのだろうかとロイはだんだんと心配になってきたが、そのタイミングで、ドアの方からもふふっと笑い声がきこえてくるのだ。 「な、何だよ ウィンリィ」 「これを見てると思い出しちゃって」 「?」 何を? とエドワードが疑問に首を傾げれば、ウィンリィは昔を懐かしむように呟いた。 「ひいらぎの下では誰でもキスすることが許されているっていう言い伝え 」 「お、おい! 馬鹿! それを言うな!」 ウィンリィが口にした途端に、エドワードの顔色が変わる。アルフォンスが一歩兄から遠ざかった。 「兄さん、まさかそれを理由に 」 「な、何言ってんだよアル!」 「鋼のも隅に置けないな」 「わ、笑うな――!!」 ロイが堪えきれずに声に出して笑えば、エドワードはまたしても噛み付きそうな勢いでロイに食ってかかる。そしてもうその話題は終わりだと言わんばかりに、勢いに任せてエドワードは大きく真っ白な袋を前に差し出してロイに言うのだ。 「とにかく今日は前夜祭だ! クリスマスパーティーを開いてやるんだから感謝しろよ!」 大部屋からは、ハボックとブレダのデュエットがきこえてくる。カラオケ大会でも始まったようだ。 ロイのオフィスはパーティーができるような場所ではないので、大部屋へと移動になった。広いし遠慮なく使えるので、パーティーの規模もそれなりに大きくなる。 仕事は全て片付いたので、今はただ司令部に待機しているだけの状態だ。 何か事件が発生しても即対応できるように、誰一人酒は飲んでいないが、大部屋は大賑わい。パーティーは更なる盛り上がりをみせている。 ロイは一度退室し、大部屋へ戻ろうとしていたところだった。外の空気が吸いたくなったので一度外へと出たのだが、身体も冷えてきたので部屋に戻ろうと足早に歩いていた。 しかし大部屋の前の廊下で、ロイは立ち止まった。 廊下の窓へと視線を送る彼女を発見したからだ。 「 何を、見ている?」 ロイが話しかけると、リザはロイの方へと視線を送る。そっと窓を指差し、彼女は言った。 「 雪が、降ってきたので 」 自分が先程外に出たときにはまだ降っていなかった。ということは今、降り始めたということになるのだろう。 ふわふわと宙を舞いながら地面へと降りてゆくそれらを見つめながら、音がそれらに吸い込まれてゆくのを感じられるほどに、辺りが静かになっていくのがわかった。 ところが、その静寂を打ち破るような大きな声が大部屋のドアから零れ出し、ロイは苦笑しながらちらりと大部屋のドアを見やる。リザも今の大きな声には驚いたようで、ロイと同じようにドアを見やった。 「まあ、たまにはこういうのも悪くはないがな」 「 ええ。エドワード君たちのおかげですね」 「 そういうことになるな」 鎖のついた銀時計を取り出すと、あと三十秒ほどで日付が変わることがわかる。随分と長い時間、パーティは続いているのだ。 二十五日まであと何秒、とロイは心の中で唱える。 もうすぐイヴは終わってしまうけれど、今年はホワイトクリスマスになりそうだ。 十秒をきったところで、ロイは銀時計を仕舞った。 「10、9、8、7 」 「大佐?」 突然数を読み上げ始めたロイに、リザは首を傾げる。 読み上げる声はそのままに、ロイはリザの手を掴んで、大部屋の隣、自分のオフィスへと彼女を連れ込んだ。 オフィスのドアが閉まり、リザを自分とドアの間に封じ込めるようにドアに手をついたところで、ロイは最後の数を告げる。 「 0 」 チリン とドアに飾られていたリースの鈴が鳴いて、またすぐに静寂に包まれる。防音がなされているからか、大部屋の声は全く聞こえない。 耳が痛くなるほどに、静かだった。互いの呼吸音だけが、耳に染み入ってゆく。 ロイはリースに手を触れた。 「何やらこれには、古い言い伝えがあるようだね」 そう言いながら、今度は彼女の頬に触れて、上向かせる。 これから自分が何をしようと思っているか、彼女は全てお見通しのようだった。 「あなたが許しを請うなんて、珍しいですね」 「確かに。こういうことは、君との間ではすでに許されていることだったな」 「 」 彼女の頬にうっすらと朱がさすのをみて、ロイは微笑む。 「しかしだね、私にも君に許しを請いたくなるときがあるのだよ」 だから、こたえてくれるかい? そう耳元で囁いて、ロイはリザの顎に手をかけながら、真っ直ぐ彼女を見つめて問いかけるのだ。 「キス、してもいいか?」 FIN TextTop |
