たんぽぽの花に囲まれたその場所から、リザはロイを見上げている。リザは光溢れる場所を見つめるかのように眩しそうな目をしていたけれど、ロイの姿を見とめると信じられないとばかりに目を見開いた。
「 どうして、ここに 」
リザの小さく発せられた疑問の声に、ロイは一度深く目を閉じる。
「 君がいなくなったから、きっとここだと思って、来たのだよ」
ロイはゆっくりゆっくりと彼女との距離を縮めていきながら、視線は空に向けたままに呟いた。
「ここに来るまで、なぜ君が私の下から去っていったのかを考えていた――」
そして土手からたんぽぽの咲く野原に降り立ち、空から目の前の彼女へと視線を移してゆく。
「君は、総務に一年の休暇願を出したそうだな」
彼女を真っ直ぐ見つめ、ひとつひとつを確かめるようにして、ロイはリザに問いかけた。
ロイの姿をその瞳に映すリザが、一瞬にして表情をかえる。
ロイのよく知っている表情だった。恋人ではなく部下としてロイに接しなければならないとするときの顔をリザはしているのだ。
「 はい」
リザの声は、澄んだ空気によく響く凛とした声だった。何かの決意を以って彼女がその選択をしたのだということがひしひしと伝わってくるような声だった。
「 何が、あった?」
リザが自分の下から離れた事実に関して、どうこう言うつもりはロイにはなかった。休暇願を出したのは、リザの意志だ。彼女の意見は尊重すべきである。だ が、彼女がそうしなければならなかった理由を今ここで聞かなければ、彼女も自分も後に後悔することになるだろうことは目に見えていた。
彼女には自分は必要不可欠な存在なのだと、自惚れではなくロイはそう思っている。と同時に、上官である自分のためならばどんな選択をも辞さないだろうリザの強さであり弱さでもある部分を、守らなければならないと強く感じているのだ。
答えることができずにどう答えればいいのかを必死で考えている彼女を見て、ロイは胸が締め付けられるようだった。全ては、大総統である自分のための選択であることが聞かずともよくわかる。
ここに来るまでに頭に浮かんで離れなかった自分の考えが間違いではなかったということをロイはここに来て確信した。導かれるようにしてここを訪れたのも、全て意味のあるものだったのだ。
彼女に、伝えたいことがある。
―― 命は、望まれるべくして、生まれたのだと。
「――最近の君の体調と一年の休暇願 。君は優しいから、ひとりで抱え込んでいるんだろう」
リザがハッとなって顔を上げたのがわかった。そしてすぐに彼女は懸命に否定の言葉を紡ぐのだ。
「――私が、閣下の下を離れたのは、私の我侭です。決して、閣下のおっしゃるようなことではありません。私はただ、あなたの下から離れたかった――それだけです。それだけなんです」
彼女の嘘は優しさに他ならなかった。しかしそうと気付いていないのは彼女だけだった。
嘘を必死に貫き通そうとするリザに、ロイは胸が熱くなる。
このたんぽぽの咲く地は、リザにとって安らぎの場所だった。ロイとリザだけの秘密の場所だった。――そして、彼女がリザ・ホークアイというひとりの女(ひと)として、ロイに愛を誓った場所だった。
その場所で、こうした嘘を吐かなければならないのはどんな気持ちだろう。
ロイは己の拳を固く握り締めながら、リザの言葉を聞いていた。
「それに 今の私では、あなたを守ることができません」
まるで彼女の言葉を否定するかのように、ふたりを照らす真っ赤な太陽が強烈な光を放った。
眩しくて目を開けていられないほどの強い光。
その光から導かれるようにして、ロイの脳裏に親友のかの言葉が降り立つ。
『リザちゃんは お前を守ることでお前に守られているんだな。――お前が生きていることが、リザちゃんにとって全てなんだろう』
ロイは眩しさに目を細めながらも真っ直ぐリザを見つめた。
対照的に、リザは夕陽の光を避けるようにして目を伏せる。
「今の私は、傍にいてもあなたの足手纏いにしかならない弱い人間です」
強さを求める彼女が自分の弱さを吐露しなければならない瞬間程辛いものはない。
リザの言葉は彼女自身をじわじわと苦しめているに違いなかった。それなのに、彼女は口を噤まないのだ。
「――だから あなたの傍から離れることを許してください」
ロイはこれ以上耐えられそうになかった。
ロイは発火布とサーベルを地に落とす。
ロイが身に纏っている武器を全て地に預けた音に、リザは弾かれるようにして顔を上げた。
――たんぽぽが、風に揺れる。
ロイはリザを強く抱き締めていた。
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