真っ青な空には雲ひとつないかわりに、汽車の煙突から昇る煙が入り混じっているように見えた。
汽車はまっすぐイーストシティへと向かっている。
ロイが中央司令部へ異動となり、セントラルへ向かう汽車に乗ったあのときに見た景色が、ゆっくりと巻き戻されてゆくような感覚だった。時間は未来へと流れてゆくのに、自分の向かう先はまるで過去のようである。
懐かしい地に降り立つと、隣に付き添っていたブラックハヤテ号がリザの前に駆け出して行った。おそらくハヤテ号もこの地を覚えているのだろう。こっちこっち、と誘導するように、ワンワンと吠えてみせている。
リザよりも前に躍り出ることはほとんどなかったというのに、余程、この地に愛着があるとみえる。
特に行き先も決めていなかったので、リザはハヤテ号の行きたいところへ行かせることにした。が、リザの歩調に合わせて前をゆくハヤテ号の後を追いながら、リザは気付く。このまま進めば、東方司令部に直結だ。
ハヤテ号をとめようとするも間に合わず、見知った顔の門番がそこには立っていて、
「あれ? ホークアイ中尉、いえ、ホークアイ大佐でありますか?」
と声をかけられる。つい癖で中尉と言ってしまったのだろう彼は、慌てて言い直した。
今更無視して通り過ぎるわけにもいかず、リザは敬礼をした彼に敬礼で返した。リザは軍服ではなく私服だったから傍からみたら実に異様な光景だっただろう。
リザは他の者たちから注目を集めてしまう前にここから立ち去りたかった。だが、「私がここへ来たことは他言しないように」と言い含めてその場を去ろうと するより早く、ハヤテ号が建物の中へと入っていったので、すぐさま立ち去ることは叶わなかった。ハヤテ号の後姿を目で追っていた門番は、リザを見やると、 彼女の顔色を窺うようにして口を開いた。
「以前、現大総統閣下殿とホークアイ大佐方が使われていた大部屋と執務室は、現在使われていません。よろしければ見て行かれませんか?」とリザを建物の内へと促した。
門番の話によれば、ロイがセントラルへ向かったあとすぐにロイの後任としてついたハクロ将軍は、何が気に食わなかったのか着任早々別室に別途司令室を設 けてしまったらしい。そのため、自分たちが去ったそのときから、それらふたつの部屋はそのままの形で保存されているのだという。
「ですが、来週には大清掃をしてそこは物置になります。これも何かの縁でしょうから 」
そこに彼なりの気遣いも見てとれて、リザは断ることもできず、周りにちらちらと気を配りながらも東方司令部の一角へと足を踏み入れることにした。思い出の場所もいつかは風化する。最後に一度見ておきたいという気持ちが強くなっていた。
運良く門番の他に見知った人物に出会うこともなく、現在は、ロイの執務室だったその部屋と隣室の大部屋も含めて、ここら辺一帯の部屋が使われていないからだろう、人影も殆ど見当たらない。
順調に歩を進めていると、ハヤテ号がとある部屋の前で立ち止まっている光景に出くわす。リザの方を振り返り、ハヤテ号はドアを開けて欲しいと訴えかける ような目をしていた。見紛うはずもないその部屋は、ロイがこの司令部にいた頃使っていた執務室だった。ドアノブに手をかけると、懐かしい感触に目頭が熱く なった。
ロイの執務室だったその部屋のドアを開けると、ハヤテ号は一目散に執務机へと駆けて行った。そして机の上に乗り上げたいのか、前足でガリガリガリと爪を立て、よじ登ろうとするかのような動きをしている。
『こらこら、ブラックハヤテ号。キズがついてしまうではないか』
ふとそのとき、脳裏に懐かしい声が響いてきた。その声は、“彼”が大佐であったときのものだ。
ハヤテ号は子犬であった頃にも、こうしてよくガリガリと机の側面に爪を立ててはロイに困ったように注意されていた。ロイのことが大好きだったハヤテ号 は、ロイが必死に机の上の書類に視線を注がせているのを見て、机の上に上がれればロイにかまってもらえるとでも思っていたようだった。
「キズがついてしまうわ。ハヤテ号」
しかし今、ここにロイはいない。ハヤテ号を注意する彼がそこにはいないから、かわりにリザが優しく声をかける。ロイのかわりにそうしながら、リザは瞼で蓋をするように瞳を閉じた。
リザはゆっくりと目を開き、ぐるりと部屋を見渡して、今度は隣室へと足を向けた。大部屋のドアを開けると、カーテンの閉められたこの薄暗い部屋の中も、懐かしいモノで溢れ返っている。
壁に残る銃痕、焦げ跡の残るカーテン、うっすらと絨毯に残る珈琲の染み。
わずかに部屋にこぼれ入る光を反射させている空中に漂う塵が、この部屋に人のいなかった時間の長さを物語っていた。
時間は経ってしまったけれど、あの頃の日常を脳裏に呼び起こすのには十分なモノが、ここには残っている。思い出が、ありすぎるのだ。
その思い出たちに触れるだけで、堪えきれなくなったこの目から、涙がこぼれ出してゆきそうだった。
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