「君には、たんぽぽの花がよく似合う」 |
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たんぽぽの咲くここに
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たんぽぽの綿帽子のひとつが、ふわりと自分の元へやってくる夢を見た。 その小さな綿帽子はリザの周りをくるくるふわふわと飛び回りながら、一瞬の光のあとに、消えてなくなった。すると今度は腹部にじんわりと熱がこもり、温 かく心地良い脈動をそこに感じる。リザはそっとお腹に手を当てた。小さいけれど強い鼓動に、リザは自分の体に何が起きたのかを悟った。 ここ最近吐き気がとまらなかった、とか。月のものがこなくなった、とか。前兆のようなものはあれど、戸惑う気持ちの方が大きすぎて、「まさか、ね 」と信じきることができず、病院へ行く決心もつかなかった。 けれど、あの夢を見て、確信したのだ。 「おめでとうございます。三ヶ月ですよ」 だから、軍病院の一室でその診断結果をきいたときにも驚きはなかった。 そのとき自分がどんな表情をしていたのかは覚えていないが、リザは嬉しい気持ち半分、これから自分はどうするべきかと戸惑う気持ち半分で、その事実を受け入れていた。 不思議と足元はしっかりしていて、リザは病院をあとにしたその足で、大総統府へと赴いた。 明朝、大総統就任の式典が執り行われる。 そのためか、いつになく官内は慌しい空気が漂っており、廊下を走っている者もちらほら見られた。ちょうど大総統執務室へ向かう途中の廊下で、大きな段ボールを抱えて歩いているハボックを見つけ、彼もまた準備に追われているのだということがわかる。 ハボックもすぐにリザに気付いたようで、その場に立ち止まった。 「あ、おかえりなさい。ホークアイ大佐」 「ご苦労さま、ハボック中佐」 「 中佐かァ~。なんか改めて言われると、ドキッとしますね」 へへへ、と煙草を口に咥えたまま照れくさそうに笑うハボックに、リザも笑顔になる。 “彼”の大総統就任に伴い、マスタング組と呼ばれる面々は皆、それにふさわしい階級を与えられた。ほんの数日前のことだから、まだその階級で呼ばれることに慣れていないのだろう。 階級は上がれど、かわらずハボックの口には煙草が咥えられているのを見て、リザは微笑ましい気持ちになる。 ハボックは荷物で塞がっている両手のかわりに、ピコリと煙草でとある部屋の方向を指し示した。 「閣下なら執務室にいますよ。明日はいよいよ式典だっていうのに、まだ書類が終わらないみたいです」 まだ聞いてもいないのに、聞きたかった答えが返ってきて、リザは小さく笑った。 「ありがとう、中佐。 本当に、あの人はしょうがない人ね」 「いつになってもかわらないっスね、あの人は」 互いに微笑み、踵を返す。 ハボック中佐、ブレダ中佐、ファルマン少佐、フュリー大尉、そしてアームストロング少将。 信頼できる仲間で築かれている現在の大総統府は、居心地が良いと思う。 その大総統府の中枢。大総統執務室のドアの前で、リザは一度深呼吸をし、コンコンコンとドアをノックした。 「入れ」 威厳のあるその声に、背筋が伸ばされる気がする。リザは「失礼します」と前置いて入室した。 すると、途端に張り詰めていた空気が溶解し、彼の表情もまた緩やかなものになったのがリザには感じられた。 「おかえり。ホークアイ大佐」 「ただいま戻りました。 マスタング大総統」 「 大総統か、いい響きだな」 リザの呼びかけに、ロイは顎を手でしゃくりながら頷いた。 「全軍の女性をミニスカートにするという私の野望は、これでいよいよ叶ってしまうわけだ」 「ご冗談を」 まだその野望を忘れていなかったのか。ハボックの言う通り、いつになってもかわらないロイに笑みがこぼれてしまう。 ロイはリザの表情を見とめて優しく目を細めると、そのまま視線を窓の外の空へと注いだ。 リザには、彼が本当はどこを見ているのかがすぐにわかった。ロイは今、ここにはいない、かの人を見つめている。 「――ヒューズとの約束を、果たせそうだ」 「 はい」 細かく下ろされた前髪から覗く強い信念を宿した瞳は、今は閉じられている。今のこの時間(とき)を、噛み締めようとするかのような表情だ。 大総統に就任することが決まってからのロイは、よくその表情を浮かべた。 そしてリザは、そんなロイを眩しいと思った。自分の手には届かない光がそこにあると、そう思えてならなかった。 リザは窓の外からの光を受けている彼を見つめながら、頬に彼の想いを受け止めたときのことを思い出していた。 ――彼の足手纏いにはなりたくない。そう強く願い、自分が彼にとって邪魔者となってしまうことがあったなら、この命を清水のなかに投げ入れてもかまわないと誓った、たんぽぽの咲く土手を見つけたあの日のことを 。 リザはそっとお腹に手を当てた。 命を宿したこの場所はいずれふくらみ、自分が彼の護衛官を解かれる日もいつかはやってくる。 腹の子をおろそうという気持ちは微塵も持っていなかったから、お腹の子供はロイ・マスタングの子として、日の光を浴びることになるだろう。しかしロイにとって“家族”は、彼の“弱点”となり得てしまう危険性をも孕んでいる。 この国で一番高い地位に昇りつめた彼にとって今後必要とされるのは、その高みを維持し続けることである。もちろんそれを快く思わない人間も数多く存在するだろう。もしロイの立場を脅かそうとするその人間たちが行動を起こした場合、真っ先に狙われてしまうのは、子供だ。 これまでに何度も、将軍の子が攫われた、孫が誘拐された、という事件は耳にしているし、実際現場に同行したこともある。 大総統の子となれば、よりいっそうその確率は高くなるだろう。 そう考えたとき、リザには、腹の子も、自分も、ロイの足枷のように思えてならなかった。 やはり彼には伝えるべきではない。これから自分はどうするべきか、その戸惑いが底知れず大きなものへと変化し始めていることに、リザは気付いた。 「ところで、具合はどうだ? 軍病院へはちゃんと行ったのだろう?」 彼の声に、リザは我に返った。 「はい、ちゃんと行きましたよ」 今朝方彼に「顔色が悪い」と言われ、病院に行くよう勧められたのだ。「内科に予約を入れておいてやろう」という彼の言葉を丁重に断り、「内科」ではなく「産婦人科」へと足を踏み入れた。きっかけを与えてくれたのは、他ならぬ彼だった。 皆には心配をかけぬよう、所要で出かけるとだけ伝えてあった。 「 平気か?」 「ええ。ただの風邪だそうです。注射を打ってもらいましたから、すぐに治ります」 リザはロイに嘘を吐くのが苦手だった。彼の前で嘘を吐くのが下手だという自覚も多分にある。 声は震えてはいなかっただろうか。上手く誤魔化せただろうか。動揺してはいなかっただろうか。そう心配するリザをロイは様態を窺うようにして見ていたが、 「明日は一日忙しくなるからな、安静にしているんだぞ」 と、優しく言い含めるだけに留めた。 TextTop / Next |
