「や。ブラックハヤテ号」
ロイが午後の仕事をサボり木陰に隠れているところへ彼の副官であるホークアイの愛犬、ブラックハヤテ号がクウウンと鳴きながらロイに近付いてきた。
誰の目も届かないところへ隠れたつもりだったのだが、臭いを嗅ぎ付けられてしまったらしい。すぐに見つかってしまった。
動物は飼い主に似る、とはよくいったもので。ブラックハヤテ号も彼女と同じくとても優秀だ。
お手、おかわり、は勿論のこと、ハヤテ号はホークアイの言うことをよくきく。彼女の躾け方が良いともいえるのだろうが、ダメ、といわれたことは絶対にしないし、“待て”といわれたら辛抱強く我慢することもできるようだ。
時にはロイがサボって隠れているところへ、ハヤテ号がホークアイに探すようにいわれてやってきたこともあった。あの時は少々焦った。自分の姿を捉えたハヤテ号がイキナリその場で鳴き始めたものだから、司令部中の人間が“何があった?”と疑問に思って窓を開けたからだ。
すぐに上手く木陰に隠れることができたから良かったものの、危うく自分のサボっている現場を見られるところだった。
ロイはホークアイが自分の居場所を探し当てるためにハヤテ号を差金として寄越したのだろうかとも考えたが、どうやら今日はそうではないらしい。ハヤテ号は木に寄りかかるロイの足元に歩み寄って、ロイを見上げた。
ハヤテ号は何か言いた気である。ロイはその場に腰をおろした。
「私に何か用かね?」
ロイがそう言いながらハヤテ号の頭を撫でてやると、ハヤテ号は気持ちよさそうに目を閉じた。
ブラックハヤテ号はまだ子犬だ。ロイが抱き上げればその腕にすっぽりとおさまってしまうだろう。まだまだ甘えたい時なのかもしれない。ロイは小さな子供に高い高いをするようにしてハヤテ号を抱き上げた。
そうすることによってハヤテ号はロイを見下ろす形になる。尻尾はふりふりと揺れ、ハヤテ号が上機嫌であることを表していた。
ハヤテ号はじぃーっとロイを見つめた。ロイもハヤテ号を見上げているため、自然と見つめ合うことになる。
ハヤテ号が何かを訴えるような眼差しで自分を見つめているようにロイは感じた。ハヤテ号の目はきらきらと潤んでいるようにも見える。
「 一緒に遊んで欲しいのか?」
ロイがそう言葉を発すると、人語を理解できるのか定かではないが、ハヤテ号はタイミングよく、ワンッ! と一声鳴いた。
ロイは腰を上げる。傍にあった木の枝を彼は拾った。幸い司令部のどの窓から見ても、自分たちの居る場所は死角になる。多少ここで声を出し騒いだとしてもそう簡単には見つからないだろう。ロイは大きく振りかぶってその枝を遠くへ投げた。
「よし! 行け!!」
ロイの掛け声に応じて、その枝が飛んでいった方向を目指してハヤテ号は走ってゆく。
すぐにハヤテ号の姿は小さくなった。そして、一度ぴたっと動きを止めて枝を口に銜えると、ハヤテ号はロイの元へと全速力で駆け出す。
小さな尻尾を振りながら自分へと一直線に向かってくるハヤテ号に、ロイは思わず破顔した。
ロイが腰を低くして大きく両手を広げると、ハヤテ号はロイの胸に飛び込んだ。ロイはハヤテ号を胸に抱いて、ハヤテ号の頭をよしよしと撫でる。
「うむ。上出来だ」
ハヤテ号はロイに撫でられるのが好きらしく、とても気持ちよさそうに目を瞑っていた。
一方ロイは、ふかふかな毛並みにひかれるようにハヤテ号に頬を寄せる。
すると、とても良い香りがロイの鼻腔を擽り始めた。
「んん?」
それはホークアイが彼女の愛犬の体を洗う時に使うシャンプーの香りであることに間違いないのだが、ハヤテ号の体に纏わりつく香りに、もう一つの“香り”が仄かに漂ってきたような気がしたのだ。
それは人間の嗅覚では判断しにくいのだろうが、人々がそれぞれに纏う雰囲気や空気だとかと類似しているようにも思える。
ハヤテ号はホークアイの愛犬だ。彼女と共に生活するうちに、ハヤテ号はいつの間にか彼女の生活の香りをも共有し始めたのだろう。
彼女と一緒に生活をするハヤテ号を、ロイは恨めしくも思った。と同時に、こうして傍にいると、自分と彼女をハヤテ号が結び繋いでくれているようにも思えたのだ。
心地良いハヤテ号の温かさに、ロイは目を瞑る。時間は流れ、真上にあった太陽が、ちょうど今自分たちの傍に立っている木の葉っぱや枝に光を遮られる位置まで移動していた。風も吹き、照りつける太陽の光はそれなりにしぼられ、今は涼しいとさえ感じる。
ロイは気持ちが良かった。木を背もたれに体重を預け、体の力を抜く。すぐにでも夢の中へと旅立ちそうだ。
彼は目を閉じた。
ハヤテ号は規則正しい呼吸音だけを奏で、動かなくなったロイを不思議そうに見上げてから、視線を下へと落とす。
ロイの元へと運んできた木の枝で暫し戯れた後、退屈したのかロイの胸に体重を預けるようにしてからハヤテ号は目を閉じた。
ハヤテ号にとっても、良いお昼寝の時間となったようである 。
「え ?」
仕事を放り出し逃げ出した上官を探し回っていたホークアイは、その上官と自分の愛犬を司令部の窓からは死角になる木陰で発見した。
しかし予想もしていなかった上官の今の状態に、ホークアイは驚きに目を見開いてしまう。瞬きも自然と回数が増えた。
「大佐とハヤテ号がどうして 」
ロイは木にもたれかかったまま熟睡。そのロイの胸元では、彼の胸に頬を摺り寄せるようにして眠っているハヤテ号の姿があった。
彼らはとても気持ちよさそうに眠っている。よくよくみれば、支えるようにハヤテ号の体にはロイの手が置かれていた。
すうすうと規則正しく呼吸をしながら、仕事のことをすっかり忘れ昼寝をする上官と、いつの間にかその上官とすっかり仲良しになっているハヤテ号。
ホークアイは思わずくすっと笑ってしまった。二人(一人と一匹)の寝顔はとても可愛らしく、それにこうしてみると、どことなく似ているような気もする。(人間と犬ではあるが)
しかし、ロイの居ぬ間に机上に積まれた書類のことを考えれば、こうやって寝顔を見つめている時間さえも惜しい。すぐにでも彼を起こさなくてはならない。
けれど、あともう少しだけ とホークアイは思った。自分はどうして彼らにはこうも甘いのだろう、そう自問しながら。
ロイにとってもハヤテ号にとっても愛しいその彼女は、これからどうやって起こそうかと思案しながらも、その場に腰を下ろして、似たもの同士の一人と一匹を穏やかな瞳で見つめていた。
FIN
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