リザは書類を手にその場に立ち止まった。今先程手にしたこの書類は、ロイに渡さなければならないものだ。彼が執務室に戻ったということは、ロイの個室でもあるそこへ、これらの書類を届けなくてはならないということである。
リザはここ数日、ロイが大部屋で仕事に励んでいたことに幾分救われていたが、いよいよそうもいかなくなってきたことを悟った。
ロイとどう接すればいいのかがわからない、というただそれだけの理由。しかしリザにとっては、これまでに経験したことのない大きな障壁でもあったそれが、今のこの状態を生み出してしまったといっても過言ではなかった。
リザはロイとふたりきりになることをおそれていた。だが、これ以上このままの状態で居続けることは許されない。これまで築かれてきた「日常」が「あの日」を境に失われてゆくのは、彼にとっても自分にとっても、決して望まれるべきものではないのだ。
リザは意を決して大部屋を退室し、隣室の執務室の前に立った。
コンコンコンとドアをノックすると、「入れ」とロイの声がする。この数日間、聞くことのなかったドアを隔てた彼の声を、懐かしいとさえ思った。
そっとドアを開け、中を覗き込むと、いつになく真剣な顔で書類と向き合っている彼がいた。彼の視線がこちらに向けられることはなかったけれど、彼の声だけは自分の方へと向けられているのがわかる。
「追加か?」
「はい」
リザはロイの執務机の上に追加の書類を乗せる。手元の書類にかかりきりになっている彼の邪魔になるかもしれないと、それ以上声をかけることは躊躇われて、リザは、「失礼します」と一言告げて、執務室を退室しようとした。
ところがドアノブに手をかけたところで、背後から「中尉」と自分を呼ぶ声がする。
リザが振り返ると、ロイは視線は俯かせたままだが、確かに彼女の方へと意識を向けて声を発した。
「 今の書類は定時までには終わらせる。あとで取りにきたまえ。 それから、今日は君に車を出してもらう」
今日、ロイを自宅まで送り届ける役目を担っているのはハボックだったはずだ。それにも関わらずわざわざ自分を指名してくるということは、それに乗じて話し合う場を与えてくれようとしているのかもしれない。
それは、彼の優しさに他ならない。
「承知しました」
原因は自分にある。全ては平常心を欠いている己の責任だとリザは思った。
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