こんなに天気の良い日には、昼寝をしたくなる。
空に浮かぶソフトクリームのような形をした雲が流れてゆくのを目で追いながら、ブレダは欠伸に涙を滲ませていた。
窓が開け放たれているから、外からはカーテンをそよそよと揺らす程度の風がやってくる。日の光も庭の大木に遮られているから強いとも感じない。程好い風と気温に、昼食後腹の満たされた心地良さも手伝って、眠気を絶つことができずにいる。
昨日は自宅ではなく大部屋のソファで少し横になっただけだから、十分な睡眠も取れていない。そろそろ限界だと頭のなかで警笛が鳴っているような気さえした。
皆に気付かれないように、少しだけ眠ってしまおう。ブレダはそう心に決め、周りの様子を窺うためにぐるりと辺りを見渡す。特に上司であるホークアイ中尉には見つからないようにせねばならない。が、部屋を見回しても彼女の姿はどこにも見当たらず、ブレダは拍子抜けした。
「 中尉はどこだ?」
思わず口から出た言葉には、「そういえば姿が見えませんね」とすぐにフュリーから返事が返ってくる。
ふたりの声に、今度はハボックとファルマンが書類から顔を上げた。
先程ブレダがしてみせたように部屋を見渡し、ホークアイがいないことを自分の目でも確かめると、ファルマンは首を傾げた。
「いつも部屋から出られるときには、何かしら声をかけて行かれますけどね」
ファルマンの台詞に、「ああ確かにそういえば」とブレダとフュリーは頷いた。ほんの数分留守にするときには何も言わずに出て行くこともあるが、緊急時でもすぐに呼び出しを受けられるよう彼女は必ず行き先を伝えるのだ。
だが、それにも勿論例外はある。それは、彼女がロイと一緒にいるときだ。行き先を特に伝えられていない場合には、隣室の執務室にふたりでいる確率が高い。
そんな思案を巡らせていると、
「 お。そろそろか」
と、小さく呟き、咥えた煙草を灰皿に押し付けてハボックが立ち上がった。三人はハボックに注目した。何かを知っているような口振りだったからだ。
ハボックは三人の視線に気付いているのかは定かではないが、傍らにある毛布をひとつ手にとりスタスタと出口に向かう。そこをブレダは呼び止めた。ハボックが毛布を持ってどこへ行くつもりなのか気になったのだ。
「おい、ハボック。どこへ行く?」
「 あー うん。すぐ戻ってくるからさ」
答えになっていない言葉を返すハボックに、ブレダだけでなくフュリーとファルマンも立ち上がった。ハボックを囲むように三人で立ちはだかり、ブレダがポンとハボックの肩に手を置いた。
「俺たちは運命共同体だ。そうだったよな? ハボック」
だから包み隠さず話してみろ、と言外に匂わせると、ハボックは少しの間考えてから、
「わかったわかった。でも、他の奴等には内緒にしといてくれよ?」
とあっさり承諾して、親指でドアを指差してみせた。付いてこい、という意味なのだろう。
自分たちには特に隠す必要のないものなのかもしれない。何やら秘密の匂いがしたような気がしたのだが、気のせいだったのだろうか。しかし自分のこの目で確かめるまでは何とも言えないだろう。ブレダはそう考え、ハボックの後に続いた。
「なぁハボック、用事ってここか?」
チョコレート色のドアの前。ハボックを先頭にぞろぞろと列を成してやってきたそこは、何てことはない、ロイの執務室だ。
行き先を隠す必要のない場所であることには違いないので、ハボックがどうして言い淀み行き先を伝えなかったのかが気にかかる。しかも他の奴等には内緒にしといてくれ、とまで言われたのだ。ブレダはますます訳がわからなくなった。
「ま、待ってください、少尉!」
するとそこでハボックがノックもせずにドアノブに手をかけたので、小心者のフュリーは慌てた。上官の部屋にノック無しで入るということは、礼を欠いた行為に他ならない。しかしハボックは人差し指を口に当てて、静かにしろ、と言う。
「良いか? 絶対に騒ぐなよ?」
そう言い置いて、ハボックはそろりそろりと執務室のドアノブに手を伸ばし、そっと回した。慣れているのか、音ひとつ立てずにドアを開ける。
少しずつドアの向こうが開けてくる。そこで目の前に飛び込んできた光景に、ハボックを除いた三人は瞬時に凍りついた。
「「「 」」」
ブレダは全てを理解した。
確かにこれは、自分たち以外に知られると大変マズイものである。
ハボックが部屋に入る前に、静かにしろ、と言ったのにもこれで合点がいった。
ふたつあるソファのひとつ――そこに、ロイとホークアイが肩を寄せ合って眠っているのである。
そしてふたりの間にいるハヤテ号もまた、すやすやと夢のなかだ。
ロイとホークアイの間で眠る子犬に、犬嫌いのブレダは青褪めたが、今はそれどころではない。
ロイの昼寝はよく見るのだ。サボリ場所でそうしているときもあるし、ホークアイの目を盗んで執務室で堂々と眠っているときもある。だが、まさかあのホー クアイまでもが昼寝をしているとは思いもしなかった。しかも恋人たちが公園のベンチでそうしているかのような光景を、今まさに目の前で繰り広げてくださっ ているのである。
ブレダとファルマンが我に返ったのはほぼ同時だった。フュリーはまだ目を見開いたまま固まっている。
ハボックはというと、ふたつあるソファの間に置かれた背の低いテーブルへと近付き、その上に乗せられた目覚まし時計を覗き込んでいる。
「 あと三十分ちょっと、だな」
ハボックはそう小さく呟いて、ふたりの間で眠っているハヤテ号を大きな手で抱き上げてから、もう片方の手でロイとホークアイに横長にした毛布をかけた。それから、厚みはないが肌触りの良いその毛布の上に、ハヤテ号を乗せてやる。
そして、向かい合うように置かれたもうひとつのソファに腰を下ろし、ハボックは三人を手招きした。その場から一歩も動かず固まっていた三人が弾かれるようにしてそのソファに歩み寄り腰を下ろすと、ハボックは煙草を咥えていないその口元を綻ばせ、
「 俺も最初見たときは驚いたよ」
と、目の前のふたりと一匹に目元も緩ませて、そう口にした。
ロイとホークアイの昼寝時間に初めて居合わせてしまったのは一ヶ月前のことだとハボックは言う。
一ヶ月前のその日。ロイにサインを貰わねばならない書類があったので、ハボックはロイの執務室へ向かった。しかしロイとホークアイが執務室にいることは確かなのに、何度ノックしても返事がない。
ロイがサボって部屋から抜け出しているときなどは確かに反応がないが、ここにはホークアイもいるはずである。ロイはともかくホークアイまで返事を返さな いというのはまずありえない。そう考えると、居ても立ってもいられずふたりのことが心配になり、勢いでドアを開けてしまった。 そして今と全く同じ光景 に出くわしてしまったのだとハボックは語る。
あまりの衝撃に、今先程の三人と同じようにその場で固まってしまい、ふたりが目覚まし時計の音で目を覚ますまで身動き一つできなかったのだそうだ。
三人からの同情に似た視線を感じたのだろう。ハボックは小さく笑って、目覚まし時計のセットされた時計を手にとって、ほら、と見せる。
「今から三十分後にセットされてるだろ? 昼寝っつっても、ふたりがこうしていられるのはたったの四十五分間。昨日ふたり揃って一睡もしていないだろ? そんなときはこうやって昼寝するらしい」
四人はソファの背もたれに体重を預け、夢の中にいるふたりと一匹を見つめた。
――四十五分間。
その間だけは、ロイもホークアイも上司と部下という関係を忘れて、こうして穏やかな時間を共有することができるのだろう。
ふたりの寝顔はまるで子供のようなそれで、互いの存在、温かさにどれほど安心しているかがわかる。
ブレダは隣に座るハボックを見た。まるで軍人であることを忘れたような、無防備で穏やかな表情をしている。
思い返せば、部屋に入ってからのハボックは声量を最小限に留め、煙草すら吸っていない。しかもふたりが風邪を引かないようにと毛布まで用意していた。か らかいの意図は全くそこには感じられず、ふたりにとって大切な時間を、ハボックも大切にしているのだということがわかる。
そして、自分だけでなくフュリーやファルマンもきっと、ハボックと同じように穏やかな顔をしているに違いないだろうとブレダは思った。
ブレダはハヤテ号がいつ起き出すだろうかと気が気ではなかったが、それでもふたりと一匹を見ていると、同じように夢に誘われていきそうな心地良さに包まれる。
こんなに穏やかな気持ちになったのは、軍人になってからは初めてかもしれない。このまま時間が止まってしまえばなぁと、らしくもないことを思う。
軍人である以上、今こうして同じ時間を過ごす仲間と、明日もまた一緒にいられるという保障はどこにもない。いつ死ぬかもわからない。いつ会えなくなるかもわからない。この先、異動という形で離れ離れになってしまうこともあるかもしれない。
そう考えたとき、自然に浮かぶ願いというものは、滑稽でありながらも、今のこの時間がかけがいのないものだと気付かされるのには十分なもので、だからこそ、願わずにはいられないものなのかもしれなかった。
口数がしだいに少なくなっていった三人を横から見やると、いつしか夢の中に誘われていったらしい。目を閉じて寝息を立てている。本当は自分こそいち早く寝ていてもおかしくなかったというのに と、ブレダは苦笑した。
信頼できる仲間たちと過ごすほんの少しの休息――こういうのも、悪くない。
時間を止めることはできないが、今のこの時間を、ずっと忘れないでいよう。
現と夢の狭間で、ブレダはソフトクリームの形をした雲の上で寝ているような心地良さに浸りながらそう思った。
それから約三十分後。けたたましく鳴り響いた目覚まし時計の音に、六人と一匹は仲良く目を覚ました。そして、ブラックハヤテ号の鳴き声に恐れをなしたブレダの大絶叫が響き渡ったのである。
FIN
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