『私にはこんな雨の降る日でも好きになれる瞬間があるのだよ』 『 雨の日は嫌いではなかったのですか?』 『ああ 確かにそうだがね』 『外出も出来ない。焔は出せない』 『 。 全くその通りだ。しかしだね、中尉 』 『はい』 『こんな日こそ待ち遠しくてたまらなくなるのだよ。澄みきった青い空が――』 『青い空、ですか 』 『君はそう思わないかね?』 |
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雨上がり
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ロイは窓の外を見やりながらふうと一息吐いた。ちらっと横目で見ると机の上には溜まりに溜まった書類。 少しでも重心をずらせばたちまち倒れてしまうだろう書類の束に、ロイはそれらを視界の中に入れることさえも嫌になってしまった。 書類の作り上げたその塊を一瞥してからまた窓へと視線を向けることにする。 天気はこんなにも重苦しいというのに せめて気分だけでも爽やかでありたいのだがどうもそれは無理な願い事らしく、紙の束は次から次へとやってきては机の上に幾重も積み重なってきていた。 雨さえ降っていなければ、このまま指をぱちんと弾いて書類ごと燃やすことも出来ただろうに と、自分の立場を思えば出来もしないことを考えてみたりする。 燃やしたって書類は減らない。後で余計に手間がかかるだけだ。その考えは一時の慰めにもならなかった。 (もう止んでくれても良い頃ではないかね?) 窓には次から次へと雨の粒が打ち付けて、いくつもの筋を描いている。止む気配は一向に感じられなかった。 窓の外は今が昼であることも疑わしくなるくらい真っ暗である。ロイは長い溜息を吐いた。 雨が止むのをこの目で見届けようと思っていたらしいロイは、もうそのことを諦めざるを得なかった。 このまま空が晴れ渡るまで待っていたら、今日というこの日が終わり明日になってしまうかもしれない。 (仕方ないな ) ちらり、と書類に目を向ける。すると先程とは打って変わって机の上の書類が自分を待っているようにロイには見えた。 外も薄暗く、部屋の中も決して明るいとはいえない。寂しそうにその暗い中ぽつんと机上にある書類達。 この書類を持ってきてくれた人物のことを思えば、この大量の書類だって愛しく感じるというものだ。 そうだ。そう思えば良かったのだ。そうすれば仕事もはかどる。 ロイは書類に向き直った。 「や。待たせたね」 「 珍しいですね」 ホークアイがロイのオフィスに入ると、机の上には書類が綺麗に並べられているのが目に留まった。 どうやら全て記入済み。綺麗に残すことなく片付けたようだ。 まだ勤務時間内であるこの時間にロイが書類の記入を全て終わらせることなど今までの経験からしても殆ど無いに等しい。 手元にあったファイルに一部の書類を綴じながらロイは言う。 「私もたまには真面目に仕事をするのだよ、中尉」 その言葉に苦笑し、ホークアイは机の上の書類を一つ一つ確認しながら窓の外へちらっと視線を向けた。 「あら 今日は仕事を頑張った大佐にご褒美のようですよ?」 「ん?」 ホークアイの視線の先を辿ると 窓の外の世界がロイの目にもはっきりと映し出された。 ――いつしか雨は止んでいたのだ。 いつの間にか書類を片付けることに夢中になり、すっかり窓外の世界のことを忘れていた。 雲の間からは太陽の光が差し込み、雨の露を含んだ庭の草木をきらきらと輝かせている。 水溜まりは青々とした空を鏡のように映し出し、緩やかな風に花壇に咲いた花も揺れていた。 汚れた空気は雨に洗い流され、今こうして見上げる青空は美しくそしてどこまでも高く澄んでいて、この瞬間を待っていました、とばかりにロイは嬉しくなった。 ホークアイの言葉通り、自分へのご褒美だと心の中で思ってみたりする。 自然と笑みを浮かべるロイの横でホークアイはそんな彼の表情を穏やかな眼差しで見つめながら言葉を紡ぎ出した。 「以前、大佐は“雨の日でも好きになれる瞬間がある”とおっしゃってましたが 」 ホークアイの言葉に、ロイが彼女を振り返る。 以前、彼女に話したことをロイは思い出した。雨の日ばかりが続いた時だった。ホークアイに零した何気ない自分の心の内の言葉だった。 雨が毎日のように降り続き気が滅入るが、それでも雨の日を好きだと思える瞬間がある。それは、この雨が降り続いた後には清らかな青い空を見上げることができるという期待と楽しみを得ることが出来るからなのだ、と。 雨上がりの空は一段と美しいのだ。 ホークアイは言葉を続ける。 「私も好きですよ? 青空が待ち遠しいのです。待っている間の時間は嫌いではありません」 「 ああ」 その言葉にロイも再び笑みを浮かべた。彼女が共感してくれることはロイにとって嬉しいことだった。 雨の日は、いつも以上に彼女は気を張り巡らせることになる。焔を出せない上官がいつどこで誰に狙われてもそれに臆することなく彼を守り抜くために。 そんな雨の日でも彼女は好きだと言ったのだ。自分と同じように、青空を待つ時間が愛しくて 。 「 散歩がしたくなったな」 ロイはふと思い立ったことを口にした。 見上げると、雲が風に揺られてどんどん彼方へ移動していくのが分かる。 真っ黒な色をした雲はもうすでにそこには無く、真っ白な大きな雲がいくつも重なって同じように風に乗って遠くへと流れていった。 もう随分と長い間、こうした空の下を歩いていないような気がする。ロイは目を細めて窓外の世界を眺めた。 「 そうですね。今日の分の書類はお済みのようですし。どうぞ、行ってらして下さい」 「何を言っている。君も一緒に決まってるだろう?」 ホークアイのその言葉に、当然この話の流れからそうなるじゃないか、と言外に匂わせてロイはそう言った。 こういうところは鈍いのか、それともわざとかわしているのか 彼には未だ分からない。 けれど、こうして勤務時間内に散歩を許されることがあまり無かったので正直ロイは嬉しかった。いや 散歩はよくするのだ。――つまり、人目を忍んで ホークアイに黙って仕事を抜け出すことは多々あるということなのだが。 しかしこうも堂々と外に出る機会は滅多に無い。 「そうですか。それでは、しかと護衛を務めさせて頂きます」 十二発入りマガジンを銃にセットする音が聞こえてロイは思わず苦笑した。 「雨は止んだのだがね 。まあ良い。今日は君からも勿論ご褒美をもらえるのだろう?」 意味あり気な笑みを浮かべながらロイがそう言うと、ホークアイは何とも副官らしくお決まりの言葉を告げた。 「 真面目に仕事をされるのは当然のことです」 「 」 やっぱりな、とロイは目を伏せた。考えが甘かったのだ、自分は。 「でも 良いですよ。散歩にブラックハヤテ号をお付けして差し上げます」 「 」 ロイはホークアイに向き直った。 「好きではなかったのですか? 犬」 「犬 ああ、好きだ。好きだがね 」 何かが違う。ご褒美というのはそういうものでは無く と言おうとしてロイは結局止めた。 そうだ。きっと彼女は分かって言ってるのだ。きっと今自分が考えていることも全てお見通しなのだ。全て見透かしていて、こうして上手くかわしているのだ。 ――全く 彼女には敵わない。 (いつになったら素直に心を開いてくれるのだね?) そう心中で呟きながら、ロイはゆっくりと椅子から腰を上げた。 ホークアイは彼にコートを差し出し、それから愛犬を呼びに行くからとその部屋から出て行った。 暫くして犬の鳴き声が聞こえてきた。ホークアイの連れてきたブラックハヤテ号の鳴き声だろう。久しぶりの青い空に、ブラックハヤテ号もはしゃいでいるのだ。勿論、自分も。 ロイはドアを開け外に出た。 重苦しい雨の世界はそこには無く、温かな夕日の光が前方へと伸びてきていた。 もうすっかり日も暮れ始めている。 しかし昼間のあの薄暗さはそこには無く、優しく穏やかに降り注ぐオレンジ色の光にロイは目を細めた。 目の前には自分の方へ向かって歩いてくるホークアイと愛犬ブラックハヤテ号。 肺に空気を送り込むと雨上がりの澄んだ空気はいつも以上に美味しく感じた。 仕事を早めに切り上げてこうして二人と一匹散歩をするのは何と贅沢な時間だろうとロイは思う。 ロイは天を仰ぎ見た。 ――空は青く澄んでいた。雨上がり。何と贅沢なこの一時。 FIN TextTop |
