空は青く澄んでいる。温かな陽光が窓から差し込む昼下がり。彼は欠伸をひとつして大きく伸びをした。
 ふと窓の外を見やると、そこにはリザの愛犬、ブラックハヤテ号が蝶を追いかけながら無邪気に駆け回っている。ひらひらと空中を舞う蝶をハヤテ号は捕まえられないようだが、それでもハヤテ号は楽しそうだ。
 小さな身体がその蝶を目がけて跳ねているのを見て、ロイは頬を緩めながらその光景を温かく見守っていた。
 ブラックハヤテ号はリザに引き取られたばかりの子犬である。しかし彼女にも司令部の人間にもすぐに懐き、彼女の躾が行き届いているのか仕事の邪魔をする こともほとんどない。たまにかまって欲しいのか椅子の脚に擦り寄ってこちらの様子をじっと窺っているときもあるが、まだ子犬なのだから遊びたい時期なのだ ろうと理解できる。それになんといっても可愛いから許せてしまうのだ。リザにハヤテ号を司令部に連れてくることを許可したあとも、問題は何ひとつ起こらな かった。
 しかし、ハヤテ号がこの司令部にやって来るようになってから、ひとつだけ頭を悩ませていることがロイにはあった。
 休み時間になると、ハヤテ号は司令部中の雰囲気を読み取れるのか真っ先にリザの元へと走ってゆく。リザも頭を撫でてやったりしてはハヤテ号を可愛がって いるのだが、ハヤテ号は甘えん坊なところもあるので、休み時間中ずっとリザを離さないことがよくあった。そのため、ロイはリザと仕事以外の時間に接する機 会がほとんどなくなってしまい、あまり彼女にかまってももらえなくなってしまったのである。
 ロイが欠伸のかわりに小さな溜息を零したところで、ハヤテ号に近付く影があった。リザだ。彼女がハヤテ号に近付いてゆくのを見とめてロイは急に面白くな くなってしまい、窓外の景色から顔を背け机の上に視線を落とした。そこには未処理の書類が散乱しており、まだ何も書かれていない真っ白な紙が机の隅に積ま れている。が、それを見て、ロイの頭のなかにひとつ考えが浮かんだ。
 何も書いていない真っ白な紙にロイは万年筆を滑らせる。
 意識は紙の上にあるものの、犬の鳴き声と、「ハヤテ号」と愛犬の名を呼ぶ彼女の声が耳に心地良い。彼女の声が自分を呼び止めるものであったらどんなに嬉しいかとロイは思うけれど、リザがハヤテ号を呼ぶ優しい声がロイは好きだった。
 ロイは暫しインクが乾くのを待ったあと、カサカサカサッと音を立てながらその紙を折っていく。リザの元へと届いて欲しいメッセージを、ロイは紙飛行機に乗せた。
 窓を開けると、紙飛行機の翼が風に揺れる。その風に乗せるようにして、ロイは紙飛行機を飛ばした。紙飛行機は緩やかな風に乗って空中を真っ直ぐリザに向かって飛んでゆく。 
 しかし彼女の足下へ届く前に、その紙飛行機はハヤテ号によってぱくっと咥えられてしまった。蝶は捕まえられなかったが、かわりに飛んできた紙飛行機を捕 まえることができてハヤテ号は満足そうだ。ロイは失敗したな……と無邪気に尻尾を振り走り回るハヤテ号を見ながら項垂れる。しかし、
「ブラックハヤテ号、それは何?」
 と、そこでハヤテ号が口に咥えているものにリザが興味を示したので、ロイは慌てて顔を上げた。
 リザの声に振り返り、ハヤテ号は彼女の元へと駆け寄る。口に咥えているものをリザの掌に乗せるあたりはなんとも利口な犬だとロイは思った。
 リザがその紙飛行機を目の前まで持ち上げてみせたところで、ロイはタイミングよく彼女と目が合う。ロイはチャンスとばかりにリザに紙飛行機を開くようにとジェスチャーした。
 彼女の手によって紙飛行機が開かれていく過程は、まるで心の内側を覗き込まれようとしているかのように、くすぐったいものだった。
 紙飛行機が一通の手紙へとかわったところで、リザは困ったような、それでいてとても恥ずかしそうな表情を浮かべた。
 そんな彼女を見て、ロイも今になってだんだんと恥ずかしくなってくる。それは勢いに任せて手紙にしたためたがゆえの甘い後悔の波だった。わざとらしく咳をし、窓を閉めてから、ロイは自分の行いを忘れようとするかのように、いつになく真面目に机に向かって仕事を始める。
 リザに宛てたあの手紙は他の誰にも見せられないとロイは思った。

『君を私だけのものにできればいいんだがな』



FIN



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