今、みんなの注目を集めているものは、紛れもなく仮面である。
 しかもそれは、見紛うことなく今、リザ・ホークアイの手にある。
「……あの、大佐。あれは一体どういうことですか」
 ブレダがリザの手にある仮面を指差しながら、青褪めている。
 大部屋の中には、東方司令部ではマスタング組と称されている面々と、セントラルからやってきたヒューズ、そしてエルリック兄弟がいた。
 書類を仕上げるために机に向かっている者がほとんどだが、エルリック兄弟とリザは大部屋の端にある向かい合ったソファに座り、何やら話をしている。リザ が手にしている物体を、エドワードとアルフォンスが興味津々に覗き込んでいるような状態なのだが、その物体の正体が垣間見えた瞬間、その三人を除いた部屋 にいる誰もが、そこだけ時間が止まってしまったかのように固まった。
 その仮面の持ち主であるロイ・マスタングは、必死にその仮面から意識を逸らそうとしていたようだが、ブレダの問に、なぜ仮面がこんなことになっているのかを白状する。
「それが……ついうっかり落としてしまってな――」
「な、何でそんなドジ踏んじゃったんスか!」
 即座にハボックが声を上げたが、リザとエルリック兄弟がその声に振り返ったので、ハボックは身を縮こまらせるように背中を丸めた。
 一度はハボックの声に意識を向けた三人だったが、またすぐに話を再開させたようなので、こちらも話を続けることにする。ハボックと同じように、ロイの失態に呆れ口調でそれぞれが呟いているが、それが気に障ったのか、ロイは声を潜めながら弁明した。
「しかたないだろう?! 喋ろうとしたら、仮面が外れたんだ!」
 先日の仮面舞踏会に出席するために用意した仮面は、自分の顔にジャストフィットするように錬金術でロイ自身が作り上げたものなのだが、声を出すとき―― つまり、唇を動かすときには、仮面を顔に固定する紐などなかったので、仮面が外れないように手で固定しなければならなかった。
 ところがロイは、リザの前で声を出そうとしたとき、そのことをすっかり忘れてしまっていたのだ。
「喋ったら正体バレると思うけどな」
 ヒューズからの冷静な突っ込みに、そこまで考えが及んでいなかったらしいロイは、ハッとなる。
 どうして現場での鋭さがこういったことには生かされないのかとハボックは情けなくなるが、どうも放っておけなかった。
「何で喋ろうとしたんスか」
 まずはその理由を聞かねばならないと判断したハボックは、ロイに向き直る。
 だがロイは、そこでこれまでの焦ったような表情を一変させた。天井を見上げるように椅子に深く腰をかけて、ゆっくり目を閉じる。何か思い出に浸っているような表情だ。
「……中尉が、瞳を潤ませながら、こう言ったんだよ」

『声を、聞かせてもらえませんか?』

「私も声を聞かせてあげようと思ったわけだ」
「そうっスか」
 なんだかんだで惚気られているじゃないか! しかもまたあの仮面を付けて会ってたのかよ?!
 ロイの回想に付き合っていた者が皆、一斉に引いてゆく。
「お、ブレダ少尉。そのパン美味そうだな、ひとつくれ」
「嫌ですよ。これ買うのに何時間並んだと思ってるんですか」
 ブレダが紙袋から取り出した良い香りを漂わせるものに、意図的にヒューズが反応すると、意図的に話題はそちらへと移った。
「そんなに人気なんですか? そのパン」
「焼きそばパンですよね。僕も一度だけ食べたことありますけど、美味しかったですよ」
 ファルマンの辞書にもそのパンは載っていなかったらしいが、不思議と新しいモノ好きなフュリーは知っていて食べたこともあるらしい。ハボックも今日の昼食はどうしようかと考えていたところだったので、ありがたくその話題に乗る。
「なぁ、それどこのパン屋に売ってんの?」
「人の話を聞かんか!」
 ロイの声に一度シンと静まり返ったが、またすぐに人気のパンの話は再開される。なかなかの盛り上がりようだ。
 しかし、部屋の隅から突如聞こえてきたエドワードの喜々とした声に、一同は耳を傾けずはいられなかった。
「中尉、俺たちにも仮面の男捜しを手伝わせてもらえない?」
「僕たちでよければ手伝わせてください、中尉」
「え? でも……」
「中尉ひとりだと捜すのにも限界があるだろ? それに俺は仮面男がどんな錬金術師かも興味があるからさ」
「僕も兄さんも、これだけ精巧に作られた仮面を見たの初めてなんですよ」
 今、仮面を手にしているのはアルフォンスである。兄弟は仮面の作りにも興味を引かれたようだった。
「錬金術師って……どういうこと? エドワード君」
 そこで一瞬だけ、エドワードの視点がロイへと切りかわった。エドワードの口元には笑みが浮かんでいる。それは気のせいだっただろうかと思えるほどに短い間だったが、エドワードが何かに勘付いているのではないかという懸念を抱かされるのには十分なものだった。
「ま、そこは置いておいて。いいだろ? 中尉」
「……そうね。じゃ、お願いするわ」
 ロイの顔が引き攣るのとは対照的に、「やった!」と喜ぶエドワードとアルフォンスに、リザは微笑む。
 その後、リザが仮面の男を捜しているという情報を聞きつけたリザの隊のメンバーも自主的に捜索に参加し始めたことから、仮面の男の正体が明らかになる日もそう遠くはないように思われた。



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