背筋を真っ直ぐ地面に垂直に伸ばし、規則正しいリズムで足音を刻む。リザはロイの執務室へと向かっていた。両手には追加の書類。これらをロイに手渡すとき、彼はどんな顔をするだろう? 想像すると少し可笑しかった。
 リザはほんの少しだけ口元を緩ませて、それから緩んだ頬を元に戻そうと力を込める。温かな微笑をそのままにしておかないのは、これまで彼女自身に染み込んだ軍人気質がそうさせているのだろう。
 リザは執務室の前に立った。しかし両手は書類で塞がっており、ドアを開けたくても開けられない。どうしたものかとドアの前で佇んでいると、ドアが小さな音を立てて開いた。
 両手で持った書類の塊の向こうにはロイがいた。ドアノブを手で押さえて、中へ入れ、と彼は目で合図する。
「あ……りがとうございます、大佐」
「いや。それより……またかね?」
 リザの背後でドアの閉まる音がした。それと同時に聞こえてくるのは彼の溜息。リザの両手にあるものを見て、それが何なのかをすぐに察したのだろう。
 リザは机の上にそれらを置いた。
「はい。追加の書類です」
「やはりそうだったか。……君がここへ歩いてくる音がしたから、もしかしたら……と思ってはいたが」
 リザは正直驚いた。執務室へ向かうとは一言も言っていない。それなのに、彼には自分がこの場所へ向かっていることが分かってしまったというのだ。確かにこの司令部の廊下は足音がよく響く。しかしそれが誰のものであるかまで分かるものなのだろうか?
「よく私だと分かりましたね」
「君の足音は時計の秒針のように規則正しいからね」
 返ってきた言葉にリザは納得せざるを得なかった。
 軍に入って随分と経つが、日々の訓練のせいもあるのだろう。集団訓練ともなれば足並みひとつ乱すことは許されなかったから、きっと自然に身に付いてし まったものなのだろうとリザは思う。怪しい物音がすれば、自然と銃に手が伸びるように。軍人の香りは身体中に染みこんでいるようだった。それは長年積み重 ねてきたものの成果なのだと誇らしいものでもあるかもしれない。が、リザはほんの少しの寂寥感をも同時に味わっていた。
 するとロイは彼女が何を考えているかまでも分かるのか、さらにこう言葉を続けてきた。
「だが、それだけじゃないぞ? 君のことは何だって覚えている。……知っているかね? 君は私と歩いているときだけは足音が乱れるんだ」
 リザはロイに背を向けたままでいた。頬に朱が走る。リザにもその理由は分かっていたからだ。
 男と女では歩幅が違うから当然自分よりもロイの方が歩くのも早い。リザはロイに追いつこうとして歩を速めながら、追いつくと今度は歩を緩める、それらを繰り返しているのだ。
 たまに後ろを振り返っては自分に向かって微笑みかけてくるロイをリザは思い出す。
「君が可愛いものだから、ついつい意地悪して早く歩いてしまうこともあるのだよ」
 ロイが背後から近付いてくるのが分かった。この場から逃げ出したくなったが、逃げ出すよりも先に手を握られ動きを封じられてしまう。繋がった手を目の前まで上げてみせてから彼は笑みを浮かべた。
「君と離れてしまわないように、今度はこうやって手を繋いで歩こうか?」
 胸が鳴った。彼と一緒にいるときの自分には、何度も言い聞かせなくてはならないとリザは思う。
 自分は“軍人”なのだと――



FIN




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