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| 落ち葉が舞っていた。かさかさと乾いた、まるで焦げたかのような色をしたそれが太陽も西へと傾き熱を次第に失ってゆく地面へと吸い寄せられていく。 季節は秋を迎えていた。ちょうど木村から体育館に呼び出されたのもこんな時期だったなとコナンはあの頃の自分達を思い出す。 ――コナンは帝丹高校に居た。 校庭を歩きながら、足は一歩一歩自分の居るべき場所だった教室へと向かっていた。今は放課後だから人も疎らである。小学生である自分がこうして校内に入っても誰も注意する人は居なかった。 『体が勝手に動いちまう。放っとけねーんだ』 過去に自分が口にした言葉通りになっていることにコナンは自嘲気味に笑う。 気付けば帝丹高校の門をくぐっていたのだ。 蘭と園子の会話を聞いてからというもの、コナンの頭の中は常に蘭のことが心配でたまらないという気持ちだけに占領された。ただあの頃と変わったのは、こうして素直に行動できるようになったこと。 新一は身体が縮んでしまってから、新一であった時以上に蘭を独り占めしたいという欲求に駆られるようになった。蘭の気持ちを知ってから、コナンは自分の気持ちを抑える必要はもう無いのだということに気付いた。 蘭の気持ちをコナンは知っている。しかしコナンは、蘭の気持ちを知っているからこそ告げたいのに今はまだ告げることは許されなかった。“告げられない”という事実は今も昔も変わっていなかった。 「ごめんなさい。木村君」 校庭の片隅から蘭の声が聞こえてきた。一緒に居るのは木村だった。 コナンは二人からは見えない位置に移動し、二人の声に聞き耳を立てることにする。自分は蘭の気持ちを知っているはずなのに、どうしてこんなに不安で仕方が無いのだろうとコナンは自問した。 「工藤は事件を追ったまま帰ってこない。毛利が心配してるのを奴は知ってるはずなのに、奴は帰ってこない。毛利、それでも工藤のことが好きか――?」 木村の言葉にコナンは自分が恐れていたのは“それ”だったということに改めて気付かされた。自身に問いかけることさえも恐ろしくて考えたくはないと思っていたことだった。 コナンは蘭の気持ちを知っていながら何も出来ない自分を歯痒くそして時には苛立たしく思っている。蘭の元へ帰りたいけれど帰れないのがコナンの今の状態だった。 ところがそれを仕方が無いものだと言い切る事をコナンはしない。絶対に諦めたくはないからだ。 「奴はもうずっと毛利の傍を離れているんだぞ?」 更に続けられた木村の言葉にコナンは目を伏せる。自分以外の誰にとっても新一は蘭の元を離れ音沙汰無しの状態であることに間違いは無い。本当はこんなに近くに居るのに、とコナンは心の中でそう叫んでいた。が、木村の問に返された蘭の言葉にコナンは伏せていた目を上げる。 眼鏡の内にある瞳は、オレンジがかった空を見つめ、切なく揺れた。 「そんなことないよ。木村君」蘭の透き通った声がコナンの耳に届く。 「新一は傍にいてくれてるから」 「毛利?」 木村は蘭の言葉に、疑問に首を傾げている風だった。新一は傍にいないのに、蘭は“傍にいる”と言うのだ。 「新一はね、ずっと傍に居てくれてる 。ここに居なくても――」 コナンは目を見開いた。 「だからね。待っていられるんだ」 何かがコナンの身体を下から上へと突き抜けた。 それは、蘭の新一に寄せる、変わらぬ“想い”が新一に届いた瞬間だった。 コナンの髪を風が揺らし、コナンは自身の瞳に力を込める。夕焼けの光がコナンを包み込むように降り注いだ。 今はまだ言えない自身の中で溢れ出して止まない感情の行き場をコナンは探した。 「私は 新一が好き。これから先もずっと――この気持ちは変わらないから」 「 っと、坊主は 」 コナンはその場から動かずじっとしていた。蘭と木村の会話は何時しか終わり、木村がこちらへやって来るのをコナンは待っていた。 そして木村はここに居るはずのない小学生を目の前に驚いて一歩後ろへ下がった。もう少しでぶつかりそうだったのだ。 コナンは驚きに目を見開く木村に向かって言う。 「僕は江戸川コナン。蘭姉ちゃんの家でお世話になってるんだ」 「ああ。この前毛利と一緒に来てたな」 帝丹高校には幾度かこの姿になっても訪れたことがあるから、木村も顔を知っていたのだろうとコナンは思う。 「うん」小学生を装って返事をした。 「毛利なら今また教室に戻っていったけど?」 木村なりの気遣いなのだろう。木村はコナンが蘭を迎えに来たのだと思ったようだった。 コナンは声の調子を変えずに言う。 「知ってるよ。ごめんね。蘭姉ちゃんとお兄ちゃんの会話、聞こえてたんだ」 「そうか」 コナンの言葉に木村は然程気にした様子も見せずに頷いた。相手が小学生ということもあってか、木村にとって警戒の心は沸かないらしい。 「一つ、お兄ちゃんに言っても良い?」 コナンは、“蘭にとって自分は弟のような存在であり、あくまで小学生だ”という自我を作り出し、それを貫き通すつもりでいた。 コナンの言葉に疑問も持たずに木村が頷いたので、コナンは言葉を続けることにする。 まさかこうして木村と直接会える機会を得ることになろうとは思っていなかったが、これだけは伝えておきたいという意地がコナンにはあった。 「お兄ちゃんは、新一兄ちゃんは約束を守ってないみたいなことを言ったけど、実はそんなことないんだよ? 新一兄ちゃんは僕にちゃーんと頼んで行ったから。新一兄ちゃんが帰ってくるまで、僕は新一兄ちゃんの代わりなんだ」 本当は“代わり”なのではない。自分が“工藤新一”なのだと、コナンはそう告げたいのをぐっと堪えた。 「代わり? 工藤の代わりに坊主がなれるのか?」 まるでコナンの心の中を見透かしたような木村の言葉にコナンは小さな拳を握る。 力の込められた拳は小学生の小さなそれだから木村には気付かれていなかった。コナンは木村を見上げる。 木村を見上げた時のコナンの表情はすでに小学生のものではなかった。 木村は驚きに暫し固まってしまう。 コナンの声も、作りモノのそれではなくなっていた。心の内から零れ出した言葉だった。 「 なれるわけないけど、そうするしかないんだ」 低く押し出すような掠れた声だった。コナンの瞳は揺るぎない何かを決心したかのような強い輝きを放っていた。 コナンは木村を見据えた。 木村はコナンの言葉にも表情にも圧されそうになった。 木村の目の前にいるのは、小学生の江戸川コナンではなかった。この重圧は、あの時の“彼”以上に重く木村に圧し掛かった。 「蘭姉ちゃんは渡さない」 木村は「じゃあね、お兄ちゃん」とまるで何事も無かったかのようにその場を去っていったコナンの後ろ姿を見つめながら暫く放心状態だった。 『蘭姉ちゃんは渡さない』 そう言った小学生に新一の姿が重なって見えたことに木村は我が目を疑っていた。 あの小学生は一体 と、小さくなってゆく後姿を目で追いながら木村は考える。 それから、木村は、はたと気が付いたのだった。 コナンが残していった言葉を頭の中で繰り返しながら、まさかそんなはずは と木村は思考を巡らせる 『お兄ちゃんは、新一兄ちゃんは約束を守ってないみたいなことを言ったけど――』 “約束”のことを知っているのは“自分”と“新一”だけだ。新一がコナンにそこまで話したとは考えにくい。それならばあの小学生は―― 。 木村は空を見上げた。夕焼けの色は深みを帯びて、星を散りばめるために色を塗り替えている途中だった。どこまでも限りなく続く空を見上げながら、小さく独り呟く。思わず苦笑した。 ほんの少ししか言葉を交わしていなかったというのに、コナンは言葉だけでは伝えきれない全てを木村の前で語ってみせていたのだ。 ――新一の心はいつも蘭の傍にあったのだと木村が気付かされるには十分だった。 工藤新一は約束を守っていたのだ。 「ずっと傍に居たんだな、工藤 」 「で、それからどうなったの?」 「うん。はっきり木村君に言ったよ。 新一のこと」 コナンは家に帰る途中、会話を続ける蘭と園子を見上げていた。会話の内容は木村についてのことだったから、コナンは一言も聞き逃さないように二人の会話に聞き耳を立てている。 コナンが木村と言葉を交わした翌日の出来事だ。 蘭はいつもと変わらぬ口調で言葉を続けた。 「それで今日、木村君が言ったの。私にはよく分からなかったんだけど 」 「何て言ってたの?」 蘭自身も本当によく分からないといった風に園子に言う。 「“工藤には敵わない”って」 「え?」 「何か勝負事でもしてたのかな? あの二人」 「あ 、蘭、それって 」 「うん?」 “何のことか本当に分からないの?”という表情を園子は明らかに見せていた。蘭は左に右にと首を傾げている。 そんな二人を見てコナンは思わず苦笑した。そんなところが蘭らしいんだよな、という言葉を飲み込みながらコナンは蘭を温かな表情で見つめる。 「 新一君から最近連絡あった?」 「ううん、無いよ。もう一体どこに行ってるんだろうね、アイツ」 園子の言葉に、夕焼けの空を見つめながら蘭はそう答えた。そこには悲痛な表情は無かった。温かな光に包み込まれている蘭はとても穏やかな表情をしている。 「ねぇ、コナン君?」 蘭はコナンにもそう話を振ってから微笑んだ。あの頃よりもまた伸びた蘭のさらさらとした髪が肩から零れ落ちてゆくのをコナンは目を細めて見ていた。 コナンは蘭を見上げて言う。 「きっと、すぐ戻ってくるよ。蘭姉ちゃん」 「うん。そうだね」 蘭の返事とその表情に、自身の中で心配事が一つ減ったことにコナンは安堵の息を吐くことができた。 が。 心配事が全て無くなるなんてことはないだろうなとコナンはすぐに苦笑することとなる。 人通りの多いこの時間。蘭と擦れ違った男達がその場に足を止めて蘭を振り返ったりしているのだ。 まず、蘭の容姿は人目を引くから、すぐに男たちを引き寄せてしまうのだ。 コナンは自分でも気付いているのかどうなのか、その男達を軽く睨み付けていた。 きっとこれからも、蘭に他の男達を寄せ付けないようにするために気苦労が絶えないのだろうとコナンは溜息にも似た小さな吐息を吐き出す。 ――帝丹高校で噂になっている旦那様の心配事は、これから先も尽きることはない。 FIN Back / TextTop |
