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(結局、来ちまった)』 『 』 新一と蘭は、体育館に居た。『俺には関係ねーよ』と何度も言っていた新一だったが、結局はこうして蘭の隣に立っている。 『俺は、様子を見に行くだけだからな』 『『はいはい』』 クラスメート達は、新一の言葉にそう口を揃えて言いながら、体育館まで見送った。ホント、素直になれないんだから と、新一と蘭の後姿を見つめる。実際、新一は蘭に想いを寄せる輩のことが気になって仕方ないのだが、どうしてこうも素直に行こうとしなかったのだろう? 自分には関係ないだって? 関係しまくりなくせに。あの時の新一の表情 めちゃめちゃ不機嫌だったのだが、本人はそれに全く気付いていないのだろうか? 新一がどう思っているのかは、明らかだった。はい、そうですか。と蘭を渡す訳がない。誰の目から見ても、そう思えてしまう辺り、新一はある意味素直だった。あとは、このあとの展開次第だ。二人のことが気になるクラスメート達は、体育館の出入り口の前で二人を見守ることにした。 放課後の体育館は、演劇部が来週の公演に向けての練習をするためか、真っ暗で、即席の照明がいくつか立てて置いてあった。まるで、スポットライトを浴びているようでもある。 きょろきょろと辺りを見回す二人 。木村はまだ来ない。体育館の外は、何故か賑やかで、その原因は、2年B組のクラスメート達とその他騒ぎを聞きつけてきた生徒達、そして演劇部の面々だということが二人にも分かった。演劇部の部員達が気を利かせて今日の練習は時間変更で行うことにしたらしい。 というのは表だけの理由で、本当は彼らも気になって仕方ないのだった。 しかし、皆がそうして騒いでいる傍らで、当の新一は複雑だった。二人はまだ“幼馴染”それが現実 。そこから一歩前へ進みたい、勿論そう思っているのだけれど。もし、断られてしまうことがあれば、今の関係さえも崩れていってしまうのではないか ? そう考えると、どうしてもその一歩を踏み止まってしまっていた。 そうして、今日。蘭に想いを寄せる男子生徒から新一にある意味挑戦状と言っても良いものが渡された。新一の目の前に現れた、蘭を想う男。蘭を想う新一。蘭は自分だけの女性であって欲しい それが新一の願望である。しかし、だからと言って、蘭を渡さない、と言える権利は今のところ新一は持っていない。 二人はまだ幼馴染だから。結局はそこに行き着いてしまう。幼馴染と恋人の境界はどこにあるのだろう? 分かってはいるけれど踏み止まっているのが今の状態だった。 『ねぇ 新一 』 視線を下に俯かせたまま、蘭が新一を呼んだ。 『 ん?』 『どうして来てくれたの?』 蘭が新一を見上げると、蘭の髪が肩から零れ落ちた。さらさらと、体育館の窓から入ってくる風に揺れている 。夕焼けを思わせるオレンジがかった太陽の光が蘭の頬を照らし、新一の目にはしっとりと、とても色っぽく映った。 『 あ いや それはだな 』 新一は、頬をポリポリと掻きながら考える。どうして体育館に現れたのか。先程までは行かないと言っていたのに。蘭の問に対する答えを、新一は準備していなかった。蘭に自分の気持ちを悟られないような、いつも二人の間で交わされているような言葉を――。 ――本当の答え 蘭のことが心配でたまらなかったのだということは、今はまだ言えない。その言葉を告げてしまえば、今の関係を越える言葉だと悟られてしまうかもしれないからだ。 勿論、言いたいと言う気持ちは、日々募ってゆくものであって。けれど、蘭を他の男にとられたくない一心で、自分の想いを打ち明けるようなことはしたくなかった。もっとその時を大切にしたいと思っていたのだ。 自分が本当に言いたいと思ったその時に。蘭の前で全てを 語りたい、と。 『もしかして、心配してくれた?』 蘭はそんな新一の様子を見て、にっこり笑う。ちょっと焦ったような新一の様子に、どこか期待をしてしまったりして 。それはほんの少しの希望だと蘭は思いたかった。 『バーロッ! そんなんじゃねえよ!!』 新一は真っ赤になった顔を隠すように顔を背けた。まるで見透かされたようだと新一はますます焦る。しかし新一のこの様子はどこか微笑ましいとさえ思えるものだった。まるで、好きな子をいじめる小学生の男の子のように。 素直になれない、幼馴染 。ずっと変わらなかったこの関係は居心地が良かった。けれどもう一歩先へ そう思い始めたのはいつのことだっただろう? 記憶を辿るにはあまりにも時が経ち過ぎていた。 『じゃあ どうして?』 蘭の双眸が揺れる。 『それより、どうして俺が呼び出されるんだよ』 『え、あ そ、それは 』 今度は、蘭が動揺する番となってしまった。頬を朱色に染め、揺れた双眸を隠すように瞬きする。質問を逆に返されてしまった。いつもの蘭だったら“誤魔化さないで”の一言で応戦することも出来たのだろうが、今はその言葉さえも頭に浮かばない程に動揺してしまっている。 『オメー、何か知ってるな?』 ニッと笑った新一に、蘭はますます顔を赤くした。 『し、知らないわよっ!』 先程の新一と同じように、蘭は真っ赤になった顔を新一から背けた。 (何故、顔を赤くする ?) 新一は当然のことながら、知りたいという欲求に駆られた。蘭の背けられた顔の方に体を移動させて、今度は挑戦的な目で蘭の瞳を覗き込む。小さな仕返しと戯れのつもりだった。 『なぁ、蘭 』 『な、何よっ!?』 目の前に新一の顔があって、驚きと恥ずかしさに蘭はますます真っ赤になった。腰を低くして、蘭の顔を下から覗き込む新一 。しかし、これから更に新一が蘭に質問を浴びせかけようとしたその時、体育館の出入り口のドアが開く音が響き渡ったのだった。 人影が二人に伸びてくる。新一と蘭の二人は一瞬視線をかち合わせ、それから自分達に向かって歩いてくるその人物を見つめた。 この男――木村賢治の醸し出す雰囲気は一体何なのだろうか。 蘭はびくっと一瞬体を震わせ、視線を空中に彷徨わせた。木村が怖いというわけでは決してない。けれど今までの木村とはどこか違っているように蘭には思えたのだ。この場所に新一がいるからだろうか そう考えて、蘭は新一に申し訳ないとさえ思う。 こうして新一が木村に呼び出されているのは、自分が原因であると感じていたからだ。 蘭は木村に告白される度に丁寧に断り続けてきた。毎回同じ言葉でしか返せないことに蘭は申し訳ないと思ってはいるけれど、“ごめんなさい”その一言しか口から出なかったのである。 “私には好きな人がいます”そうはっきり言えば良かったのかもしれないが、自分の“恋”を自覚してまだ間もなかった蘭はなかなかこの言葉を口にすることができなかった。言えなかったから、“好きなヤツがいるんだろ?”木村にそう聞かれた時、蘭は誤魔化すことも出来ず動揺してしまい、俯き、それから更に続けられた“毛利の好きなヤツって、工藤新一 か?”という言葉に、蘭は自他共に分かるほどにとうとう頬を真っ赤に染めてしまったのだ。 木村側から見れば、それははっきりと蘭は新一のことが好きなのだということが窺い知れるものであり、それなりに木村もショックを受けた。しかし、木村はどうにも納得出来なかったのである。 蘭が新一を好きだということはもう疑う余地もないくらいに確定したものであり、これ以上の追求は意味が無いとさえ思えるものであった。ところが、新一の方はどうだろう? 探偵である彼はテレビでも新聞でもその名探偵振りをもてはやされ、ファンレターを始め膨大な数のラブレターを両手に抱えているという。 ところがまだ彼女はいない。一人に絞る気があるのだろうか、と憤りさえ感じてしまうほどだ。 新一と蘭のクラスメート達を始め、二人をよく知る人物から見れば、木村の考えは大間違いであることは分かる。新一が蘭一筋であることは周りの人間からすれば何を今更当たり前、なことであるのだが、木村には分からなかったのだ。メディアの作り出した工藤新一という人物の偶像が木村に誤解を与え、新一と蘭の噂を耳にしたことで更に混乱を招いたのだろう。 木村がこの場所に新一を呼び出したのは、新一の真意を確かめるためでもあった。 『急に呼び出してごめんな、毛利』 『いえ 』 蘭は両手をぎゅっと握りしめて、首を左右に振る。その時体育館の入り口からクラスメート達の姿が垣間見えて少し安心した。板ばさみ状態の蘭にとっては、クラスメート達のそうした思いやりが救いだった。 木村は新一の方に向き直る。表情が一気に険しくなり、声も少し低くなった。 『それから、工藤』 『あんだよ』 『今日ではっきりさせようぜ』 『何をだ』 新一はというと、ズボンのポケットに手を突っ込み、木村のまるで殺気立ったような様子に怯むこともなくじっと木村を見つめた。すると今度は新一も木村の背にある体育館の出入り口付近にいて手を振っているクラスメート達に気付く。 新一は隣にいる蘭に目で合図をし、それから二人で顔を見合わせた。 二人のその仲睦まじい様子に木村が苛立ったことを新一も蘭も気付いてはいなかったけれど。 『で、俺に何の用なんだ?』 先に口を開いたのは新一だった。新一の口振りには余裕があり、木村はますます面白くなくなった。眉間に皺を寄せながら、『一つ、聞いておきたいことがある』と木村は静かに言う。『工藤、俺がお前を呼び出した理由は何だと思う?』 理由 それを聞かれて新一は思考を巡らせた。用件の前に自分をここに呼び出した意図を木村は問うているのだ。理由? 新一は木村の目をまっすぐ見据えた。木村は苦い笑みを浮かべて新一の答えを待たずに更に問いかけた。 『噂は本当なのか? 工藤と毛利は 』 『 』 噂のことを聞かれて、思い当たることが無いといえば嘘になる。新一は木村の言わんとしていることが次第に分かり始めていた。 校内で広まっている自分と蘭の噂 。その噂は新一にとってある意味救いでもあったが木村にとっては邪魔なものに違いない。だからこうして木村は真意を問うているのだとわかる。 自分のことを見透かしているのかクラスメート達は機会こそあれば自分と蘭を引き合わせようとした。蘭が自分のことをただの“幼馴染”だと思っているのか、それとも一人の“男”として見てくれているのか、それは新一にも全く分からないことではあったが、自分と蘭の周りを取り囲む生徒達の様子からするに、ほんの少しかもしれないが、希望はあると新一は思えることが出来たのだ。 本当なのか? と聞かれれば、“YES”が新一にとっての答え――というよりも願望。しかし蘭にとってそれが真実であるか否かは新一には分からないのだ。何も答えない新一に木村は焦れていた。 『はっきりしろよ、工藤。そうすれば彼女も落ち着く。 はっきりさせろ、工藤。俺がお前を呼んだのはそれが理由だ』 木村の言葉に蘭は身体を震わせた。木村の際どい言葉は蘭の気持ちに対する新一の答えを促しているという意味にも取れなくは無かったからだ。新一は鋭いから全てを悟られてしまいそうで、蘭は新一の顔を見ることができなくなっていた。 一方新一は表情を一つも変えずに淡々と言う。 『 悪いが、今言う気は全く無いんでね』 人から促されて、新一は自分の胸の内を語りたくは無かった。今は言うべき時ではないと頑なに決心している風でもある。 しかし自分がここに来た理由なら、遠まわしな言い方ではあるけれど伝えることは出来る。それで木村に全てを悟って欲しいと新一は思った。今はまだ言えない、その理由も含めて 。 『 木村、俺はここに来るつもりは無かったんだ』 新一はドアの前で自分達の様子を窺っているクラスメート達を遠目で見ながら言葉を繋ぐ。 彼らを見ていると、まるで意地でも張っていたかのように“行かない”と言っていた自分が思い出された。 『でも、結局はここに来ちまった』 それは遠まわりな新一の小さな告白だった。自分が蘭にとって“恋人”ではなく“幼馴染”というだけの関係だったとしても、蘭を大切にする気持ちは不変のものなのだから、と。 『体が勝手に動いちまう。放っとけねーんだ』 『 !』 木村は大きく目を見開いた。ビリビリと身体に何かが走って行ったような感覚があったのだ。 新一の蘭に対する気持ちが込められた言葉だった。それは男同士だからこそ分かるようなものでもあった。好きな女性を大切に思う気持ちだ。 一方蘭は、新一のその言葉に熱いものが瞳にこみ上げて来るのを感じていた。目頭が熱くなる。“放っておけない”という言葉は、新一にとって自分がただの幼馴染というだけの関係だったとしても、自分が新一にとって“何でもない”存在では無かったのだと思えることができるものでもあった。 しかし新一はそこで蘭に対する気持ちを包み隠してしまう。 『泣き虫でみょうちくりんでよ。一人でいると何されるか何しでかすか分かんねーからな!』 『ちょっと! 新一!!』 蘭が頬を真っ赤に染めて小さく叫んだ。新一はというといつもと変わらない笑顔を蘭に向けている。 こうして度々新一は素直になれない行動を繰り返していた。それは時に焦れったらしくも微笑ましいものであり、時には見ていて苦しく切ないものでもある。 全てを自分の中に覆い隠しているのだから、新一の心情は計り知れたものではない。 『でも、俺はまだ諦めねーから。とりあえず、今は保留ってことで』 木村は新一と蘭の二人のやり取りを見ながら、心の中で小さな溜息を吐きつつそう言った。 自分が二人の間に入り込む隙は全く無い。だが、簡単に引けるものではなかった。 木村自身、蘭のことは簡単に諦められるものではなかったのだ。 『おい! ちょっと待て !』 新一のどうにも慌てたように聞こえるその言葉に木村は微笑む。余裕が無いのはお互い様だった。 『待ては無しだぜ。それに 、決断は早い方が良いんじゃないか? 名探偵』 木村のその言葉に、新一は真剣な表情になった。木村は結論を急いでいる。つまりは蘭のことをどう思っているのか? という問に対する答えを急かしているのだ。 新一はその答えを蘭の前では直接言うことはできないからゆっくりと木村に近付いてゆく。そして、蘭に聞こえない程の小さな声で新一は木村に一言告げた。 それは新一に言える今の精一杯の言葉だった。新一の掠れた声が切ない恋を告げているようにも聞こえた。答えでありながら願いでもあった。 『蘭は渡さない』 渡さない、と言える権利は、新一は今のところ持っていない。けれど新一はそれを口にした。“渡さない”というよりもそれは“渡したくない”という気持ちの方がより強くて、独占欲と言うよりは願望に近い。 木村は新一の独白にも似たその言葉に息を呑みそして新一の表情に目を見開いた。今まで自分は勘違いをしていたのだということに木村は気付く。 工藤新一はとっくに一人の女性を心の中で決めていたのだ。ただ、幼馴染という枠を越えられるか越えられないかの狭間で揺れているだけで彼は切なくも一人の女性しか見ていない。どうにも不器用で素直になれない。自分のように彼女に堂々と告白することが今はまだ出来ない。 新一がこれほどまでに自分の気持ちを押し隠して一人の女性をずっと思い続けているのだということを木村は漸く理解できた。 それと同時に、どうして新一と蘭の噂がこんなにも絶えずに校内で広まっているのかも悟った。 本人達が触れるか触れないかの微妙な距離を保ちながら寄り添っている姿を見て、きっと歯痒かったのだろう、と。だから周りがこんなにも温かく見守るようにして二人のことを噂しているのだろう、と。 これでは自分の出る幕は全くない。しかし木村にも意地はあった。 木村は静かな声で新一に言う。 木村と新一だけにしか聞こえない会話が二人の中で繰り広げられた。 『約束できるか?』 『約束?』 『お前が事件ばかり追っていて毛利に寂しい思いをさせていたら、俺は遠慮なく毛利にまた告白する』 『 』 事件を追うことを持ち出されて、新一は痛い所を突かれたなと思う。 『毛利を手放さないと約束できるか?』 この時の言葉に対する新一の答えを、木村はすぐに理解することができなかった。 最初は何て矛盾した言葉なのだろうと木村は思っていたが、それは後々、二人の絆をまざまざと見せ付けられる一つの焦点となっていたことに木村は気付いた。 “江戸川コナン”――彼の存在が、木村に真実を告げさせることとなってからである。木村にとって、コナンは不思議だった。 『ああ。例えあいつの傍に居てやれない時があっても、傍を離れねーよ』 Back / Next |
