『工藤、ちょっと良いか?』
『……はい?』
 彼の名前は、木村賢治。2年C組の学級委員長で、新一に次いで2番目に校内で人気があるとされる男子生徒だ。
 あまり表沙汰にはなっていないが、帝丹高校には男子女子ともに人気ランキングというものがあるらしい。
 名探偵である新一に次いで人気の高い木村は入学した当初から周りでよく噂になる人物だった。今のところさほど浮いた話は出てきてはいなかったが、告白した女子生徒を、フッた、とか、泣かせた、という噂は多い。しかしそれは、彼が非情な人間だから、というワケでは決して無く、告白してくる女の子は大勢居たのだが、その中の誰にも興味が沸かなかっただけのことだった。
 ……どうやら理想が高いらしい、と、校内では囁かれている。

 ――ところが、そんなある日。彼に転機が訪れたのだ。

 彼の目の前に現れた天使……。一目惚れだった。彼のハートを射止めたのは、校内で人気のある女子生徒ナンバー1の毛利蘭だった。
 委員会でたまたま一緒の役員になったことがきっかけで、彼は蘭に恋をした。
 恋をすれば誰もが熱くなる。木村も例外ではなく、彼は意外にも思い立ったらすぐ行動、の人物で、何度も蘭に告白した。恋する男は熱い。時には、まるで漫画の中の主人公のように薔薇の花束を持って蘭の前に現れることもあり、その大胆さは、これまた噂好きの生徒のおかげで一気に校内に広まってしまった。
 しかし木村は毎回“ごめんなさい”と断られ続け、周りから見ても明らかに落ち込んでいた。ところがそんな時、偶然にも彼の耳に入ってきた噂が、工藤新一と毛利蘭の夫婦説だった。
 二人揃って、“ただの幼馴染”を連呼してはいるが、二人の会話はまるで夫婦のそれのようだと実際に聞いた生徒達は口々に言う。
 木村はその噂の真相を突き止めるべく校内を駆け回った。だが、その噂を否定する者は誰一人として居らず、それどころかそれ以上に“夫婦仲良し説”が次から次へと耳の中へ入ってくるのだ。
 どうしようもなくなった木村は、とにかく“はっきりさせてやろう”と思った。所詮、噂は噂だ、と。
 そんな経緯で、木村は新一のクラスへと乗り込んできて“初めまして”の挨拶なしに、ある意味挑戦状である紙一切れを叩き付けたのだった。
 新一はただただ呆然とした。名も顔も知らない人物から突然このような呼び出しを受けたのだからもっともなことだろう。

 “ 放課後体育館にて待つ。 木村賢治 ”

(おいおい……)
 木村が2年B組の教室を去ってから、新一の受け取ったそれを今度はクラスの面々が覗き込む。
 木村の登場で静まり返っていた教室内はざわざわと騒がしくなり、今度は蘭の周囲から、新一の周辺とは違った騒がしさが波を伝うようにやってきた。
『蘭も呼び出されてるわよ! 新一君!!』
 園子のその一声で、教室中が沸いた。新一と蘭の席はちょうど対角線上にある。二人の席にはそれぞれクラスメート達が散らばっていた。
『毛利の目の前で、工藤に勝負だとよ!』
『工藤のライバル出現ってか?!』
『命知らずな奴だよな~木村も』
『工藤君が蘭を渡すわけないじゃん!』
『工藤君、ヤキモチ妬き屋さんだから、これから大変よ~!』
『それで、工藤君と蘭は行くのかしら?』
 次から次へと会話が飛び交う中、クラスメート達の視線は、自然と新一と蘭の二人へ……。
 二人がどんな言葉を発するのか気になるようで、教室内は、再び静けさを取り戻していった。
『俺……行かねぇから』
 静かになった教室の中で、皆から注目を集めていた新一は、ぼそっとそう言った。
 今度はクラス全員がその言葉に反論する。名探偵である彼は常に冷静沈着。しかしこんな時に無理してそうである必要はないのに……とクラスメート達は思っているのだ。だから、集中攻撃。
 新一は、思わず仰け反った。
『何言ってるのよー!』
『訳分かんねぇんだよ。どうして俺が呼び出されたのかが』
 新一も負けじと応戦。
『それは、新一君が蘭の旦那様だからよ!』
『へ? 何言ってんだよ。俺と蘭はただの……』
『『『幼馴染』』』
 口を揃えるクラスメート達。
『……てめえら……』
『耳タコよ! もう! いい加減に素直になったらどうなのよー!』
『そうだぜ、工藤。男らしく、決める時には決めるんだな』
『お! 良いこと言うなぁ~、佐々木。よし、こうなったら工藤のためにスーツを借りてきてやるよ』
『どうしてそうなる……』
『あ! じゃぁ私達は薔薇の花束を~!』
『バックミュージックは何が良い?』
『う~ん……』
『おい……おめえ等、一体何の話をしてんだよ』
 はた、と新一の言葉に我に返ったクラスメート達。話が少し……いや、かなりズレてきてしまっていたようだ。皆が思い描く青春の一ページ。新一が蘭を渡すまいとする姿を想像して、勝手に盛り上がってしまったのだった。――軌道修正……修正……。
 そうして少し教室内が落ち着いたところで、園子は蘭に問いかけた。
 静かになったところで、二人の会話に皆が集中する。
『蘭は、どうするの?』
『うん。やっぱり行かなきゃ……』
『これで何回目?』
『7回目……』
 そんなに? とクラスメート達はお互いに顔を見合わせ合った。どうやら木村は、蘭に相当熱を上げているらしい。そういえば、噂では先月薔薇の花束を持って現れたとか……。
 新一も、これには驚いた、という顔を露骨に見せた。初めて聞いたのだから無理もないのだけれど、それからはむすっとした表情になって、その表情を隠すこともせずに教室の蛍光灯に視線を彷徨わせて腕を組んでいる。眉間には皺が寄っていた。
 クラスメート達はやっと新一の本心を垣間見ることができたように感じていた。本人は多分、自分がどんな表情をしているのかなんて気にも留めていられないほどに頭の中で思考を巡らせるのに必死なはずだ。
(めちゃめちゃ不機嫌!!)
 クラスメート達は、同時に心の中でそう呟いていたことだろう。冷静に犯人を追い詰める名探偵も、一人の大切な彼女のこととなると、我を忘れてしまうらしい。しかも、自分で気付いているのか気付いていないのかは分からないが、態度に露骨に出てしまっているのだ。今はまさに不機嫌な状態。誰の目から見てもそれは明らかだった。一触即発……という言葉は、こんな時に使う言葉にふさわしいと思いたくなる。
『工藤、こうなったら木村にはっきり言って来い……』
 蘭と園子の会話を聞いていた男子生徒が次々に新一に言う。黙って見ていて良いものではない。やはりここは旦那の一喝が必要だろう、と。木村には申し訳ないことかもしれないけれど、2年B組のクラスメート達は皆、新一と蘭が早く「幼馴染」から「恋人」へと進展して欲しいと願っているのだ。だから今度のことでも自然と新一の応援に回っている。
『何を言えってんだよ』
 声にも、その不機嫌さが正直に表れている。どうやら、その不機嫌さを隠す気も沸いてこないらしい。なんて正直なんだろう、とクラスメート達は思ってみたりする。……と同時に新一のその様子は微笑ましくもあった。普段から大人びたところのある新一が、一人の女性のこととなると途端に本来の高校生らしいところを見せてくれるからだ。どうにも危なっかしくて素直になれなくて、不器用で……見ていて放っておけない。まるで自分達が保護者でもあるかのような気分にもさせられてしまう。
『決まってるじゃない!』
 今度は女子も男子の意見に便乗した。どうして声を合わせる必要があるのかは分からないが、せーの! と声を合わせるクラスメート達。示し合わせたかのようにぴたりと声が揃っているからある意味その団結力に感心する。クラスメート達がどこか楽しそうなのは、きっと気のせいではない。

『『『俺の蘭に手を出すんじゃねぇ!』』』

 ……新一は皆のその言葉にゴホゴホと噎せ返った。



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