「歳はいくつ?」 「七歳」 「名前を言ってごらん」 「 毛利、蘭 。お兄ちゃんは?」 家の前で誰かを待っているかのように佇んでいた少女を抱き上げた。 夏が終わり秋を迎えた頃だっただろうか。風も冷たくなり始めた夕暮れ時。オレンジ色の光に包まれていた幼い少女の手足の冷たさを、今でもよく覚えている。 なんの抵抗もなく腕の中におさまった少女は、ぎゅっと小さな手でしがみついてきた。すっぽりと自分の掌におさまるほどの小さな少女の拳。それを温めてやるように手を握ってやれば、甘えるように胸元に擦り寄ってくる。 こんなにも小さく弱いものがこの世にあったのか。そう思いながらも、しがみついてきた小さな手の力強さに心臓を鷲掴みにされたような気がしていた。 当時高校生だった自分には、このとき自身に初めて湧いたこの感情を説くことはできなかった。 得意の謎解きも全く通用しない。 だからこそ、この不可解な感情を解き明かしたいと思ったのか。今は解からなくとも、いつかきっと解かる日がくる、そんな自信が確かに自分の心の中にあった。 しかし少女を傍に置くと決めた時点ですでに、それに侵食し尽くされ始めていたのだということに気付くべきだったのだ。 彼女を“女”として愛している自分のこの“想い”は、日々募ってゆくばかり 。 |
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いくつもの季節を通り過ぎて
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いくつもの季節を少女と過ごした。 ドアに隔てられた部屋の前。側面にある窓の外には満月。カーテンを揺らすのは夏の温もりを失い熱を奪い取られた風。少女と初めて出会ったのも、ちょうどこんな季節だっただろうか。 少女は父母を亡くした孤児だった。なぜあのとき家の前に少女がいたのかは今でも分からない。が、少女は、施設から逃げ出してきたのだと打ち明けた。 『 毛利、蘭 。お兄ちゃんは?』 『新一 工藤新一だ』 説明のつく理由があったからではない。自分でもよく理解できない感情のままに、新一は蘭を引き取ることにした。 国外にいた新一の両親は、成人にも満たない息子が子供をひとり引き取ることに最初は驚いたものの、反対はしなかった。むしろ、家族がひとり増えたと喜び、実の子のように蘭を可愛がった。蘭もすぐに工藤家に馴染んだ。 ――そうしてこれまでに流れたのは十ほどの年。 いつしか少女は、出会った当時の新一の歳に追いつき、またそれを追い越そうとしていた。少女は、日に日に女へと成長してゆく。今、目の前にあるこの部屋も、そんな彼女を思いやって新一が与えたものだった。 コンコンコン。 部屋に入る前にはノックすることも忘れない。年頃の彼女のことを新一はよく考えていた。 「 寝てるのか? 蘭?」 しかし、ドアをノックするものの返事がない。疲れて寝ているのかもしれないと思ったが、念のため新一はドアノブにそっと手をかけ、部屋の中を覗いた。 思ったとおり、蘭は眠っていた。しかし机の上に伏せるようにして寝ているので、寝るにはあまり良い姿勢とはいえない。それに昨今の夜の冷え込みは激しいから、このままでは風邪を引いてしまうだろう。 新一は蘭を起こさないように机に近付いた。あどけない顔をして寝入る蘭には、出会ったあの頃のような幼さが残っている。小さな握り拳の中にある鉛筆を引き抜くと、その手の冷たさに心が揺さぶられた。温めてやるように、そっと掌で包み込む。 そうしてやりながらふと机の上を見やると、そこには便箋らしきものがあった。書いてある文字は蘭のものではない。 誰からの手紙なのか。どんな内容なのか。読むのは気が引けたが、こういった類のものはどうしても気になってしまうもので、新一は紙面に書いてある文字を目で追ってしまっていた。 しかし最後まで読み終えてしまってから、新一はそれを読んでしまったことをひどく後悔した。 「もしよければ、文化祭最終日のダンス、一緒に踊ってください」 ――それは紛れも無く恋文だった。全く予想できなかったわけではないが、実際にこうして蘭に想いを寄せる男の存在を知ることになろうとは思いもしなかった。 『ねぇ工藤君、帝丹マジックって知ってる?』 『 俺、そういうの興味ねぇから』 と同時に、新一の脳裏には十年前の記憶がよみがえってくる。 新一の母校――今では蘭の通う学校でもある――帝丹高校には、とあるひとつの言い伝えが存在していた。それは手紙の文面からもわかるように、文化祭の最後を締め括るダンスに関するものである。 新一が在学中にクラスメートから聞いた話によると、言い伝えの内容は「文化祭期間中は、想い合っているふたりを引き合わせる不思議な力が働き、特に文化 祭最終日を飾るダンスを一緒に踊ったふたりには、より強い力が発揮される」といったもので、それは「帝丹マジック」と呼ばれている、とのことだった。 蘭にこうした手紙をしたためる男子生徒がいるということは、その言い伝えは十年経った今でも変わらず語り継がれているということになるのだろう。 だが、どれだけ長い間その「帝丹マジック」とやらが生徒たちの間で信じられてきたといっても、新一の中でのその言い伝えに対する印象が当時のものと変わることは全くなかった。少なくとも新一にとっては、この言い伝えは信じるに値するものではなかったのである。 けれど、その言い伝えを信じたわけでもないのに、もし蘭がその手紙の主とダンスを踊るようなことがあったら ということを考えると、心穏やかでいられたものではなかった。 言い伝えには、真偽の程は確かめようがなくとも、その言い伝えを信じる者に何かしらのきっかけを与えてしまうというおそろしさがある。想い合っている二人ならばそれは希望に変わるのだろうが、今の新一にとってはそうではなかった。 ――何よりも、そのきっかけをおそれている。 蘭が小さく身動ぎをしたので、慌てて彼女の手を包み込んでいたその手を離す。今の自分には希望がない。ずっとこの手を離さずにいられたら良いのにと新一は思った。 蘭の目がゆっくりと開かれ、「 新一お兄ちゃん?」と名を呼ばれる。お兄ちゃん、と呼ばれる度に、現実に引き戻されるのを新一は感じずにはいられない。 血は繋がっていなくとも、蘭にとっての自分は家族以外の何者でもない。たとえ想いを伝えたとしても、その結果次第では今のこの関係さえも崩れてしまうかもしれないのだ。だから、踏み出せない。だから、今はまだ兄と妹のままで 。 TextTop / Next |
