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彼と彼女の秘密
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恋人同士になってまず最初に戸惑ったことといえば、自分たちがひとつ屋根の下に暮らしているという事実だった。 もちろん、蘭とひとつ屋根の下で暮らし始めたばかりの頃、コナンがそれらを過剰に意識し過ぎることはあったのだけれど、元々幼馴染で互いの家にも行き来する仲だったから、その生活に慣れるのもそう難しいものではなかったのだ。 だから、コナンが蘭に自分の正体を告げていない間は、互いに意識することもほとんどなかった。コナンは小学一年生の子供を演じてきたし、蘭はコナンを実の弟のように可愛がっていた。 ところが今はどうだろう。正体を知られてしまった今。蘭にとって、コナンは小学一年生の子供ではなく、幼馴染の高校生探偵工藤新一である。姿形は見紛うことなく子供だが、蘭はその背後におそらく工藤新一の姿を見ているに違いなかった。 蘭の父、小五郎のいるときには、不自然なく姉と弟のように接することが互いにできている。それはこれまでに培ってきた三人での生活が自然と身に付いているからに違いないのだが、二人きりになってしまうと途端に意識し始めて、会話すら成り立たないときもあった。 そのためか、恋人同士となった今でも、あまりふたりの仲は進展していない。両想いであるということがわかっているだけで、ただの幼馴染であった頃と、そう変化があるわけでもなかった。 コナンは学校からの帰り道、よくそのことについて考えこんでいた。探偵の性なのか、じっとしているよりは足を動かしているときのほうが、雑念も入らず集中して考え事をすることができるのだ。 黙りこんだコナンに、歩美や元太や光彦は首を傾げたものだが、灰原は何となく事情を察せるのか微苦笑を浮かべたままコメントはせず、けれどこの状況を楽しんでいるようでもあった。 今日も四人から訝しげな視線を受けつつも帰宅したコナンは、まずいつものように一階と二階とを繋ぐ階段の途中で立ち止まる。ここで、蘭が二階の事務所に いるか、三階の自宅にいるか、もしくは外出しているかを推理するのだ。ただそれだけのことだが、これがなかなか頭の体操となっていい。それに、蘭の居場所 を推理するとなると当然やる気というものも出てくるものである。 今日は三階の自宅だ。直感や勘も大事だが、それだけではない根拠を頭のなかに羅列させ、コナンは三階のドアを開いた。 「ただいま~」 「おかえりなさ~い」 コナンの推理は的中した。台所の方から蘭の声がしたので、夕食の支度をしているのだとわかる。 台所に向かうと、蘭はちょうど米をといでいるところだった。テーブルの上には、にんじんにじゃがいもに玉葱に肉、そしてカレー粉が乗っている。コナンは蘭へ歩み寄った。 「今日はカレーライスなの?」 「うん、そうよ。コナン君、カレー好きだよね?」 「うん! 僕、蘭姉ちゃんの作るカレー大好き!」 「 」 「 」 ほんの少しの静寂が辺りを包んだ。 ついつい癖で子供を演じてしまったことを恥じて、コナンは顔を背けて赤面する。蘭の前で子供を演じてきた期間が長かったこともあり、気を緩めてしまえば甘えた子供のそれになってしまうのだ。 コナンの顔が赤くなると、つられるように蘭の顔もしだいに赤くなっていく。そこで蘭は、できるだけ落ち着こうと努めているのがわかる声音でコナンに声をかけた。 「 新一は、カレーは中辛だったわよね?」 「 ああ」 今度こそは間違えないぞとばかりに、コナンも落ち着いた声でそう答える。 蘭はカレー粉を見やり、「よかった」と呟いて、じゃがいもの入った袋を手にとった。しかし持ち所が悪かったのか、袋からじゃがいもが零れ出し、二個、三個、とテーブルの下にころころと転がっていってしまった。 蘭が動揺しているのがわかって、もしかして蘭も自分と同じ気持ちでいるのだろうかとコナンは考えた。 テーブルの下に慌てて潜り込みじゃがいもを拾い集める蘭をコナンは手伝うことにした。蘭の反対側からテーブルの下に潜り、傍にあったじゃがいもをひとつ 手にとる。そして30センチ先にあるじゃがいもに手を伸ばしたところで、同じようにそのじゃがいもに手を伸ばした蘭の手とコナンの手が重なった。 コナンは顔を上げた。テーブルの下という不慣れな空間のなかで、互いの手が離れる事はなく、コナンと蘭はじっと見つめあう。 言葉の交わされない時間が流れる。 コナンが正体を告げてから、この静かな間は自分たちによく訪れるようになった。けれど、この間を気まずいと思ったことは一度もない。どちらかといえば、互いの存在を感じることのできる心地良い間だ。 コナンは蘭と重なる手に力をこめ、明らかな意図をもって蘭に近付いた。蘭は一瞬驚いたような表情をみせたものの、その場でじっとしている。互いの吐息が触れ合うほどに距離が近付き、そっとふたりは目を閉じた。 ところが、そのまま甘く静かな時間(とき)は訪れることなく、 「ら――ん! 晩飯は何だ――?!」 勢いよく玄関のドアが開いた音と台所に向かう足音、小五郎の大きな声に、ふたりは弾かれたかのように離れた。 コナンはその勢いの反動で頭を強かにテーブルにぶつけてしまい、あまりにもの痛みに頭を抱える。 「コナン君! 大丈夫?!」 蘭の心配する声を聞きながら、痛みに頭を熱くしながらも、コナンはふと考えた。 彼と彼女――恋人同士のこの秘めやかな時間(とき)が自分たちに流れ着くまで、そう長くはないと―― FIN |
